ヴァルゼインローグレイスと言う漢
男は次の瞬間、大きく口を開けて笑った。
「ハハハハハッ!」
腹の底から響く豪快な笑い声が執務室へ広がる。
「グラド、お前が自分から人を連れて来るとはな。」
宿屋の主人――グラディウス・ヴェルドは肩を竦めた。」
「お前が連れてこいと言っただろう」
「確かにな」
ヴァルゼインは苦笑すると、今度はレインとエレアへ視線を向ける。
鋭い眼差しだった。
一瞬だけ室内の空気が張り詰める。
威圧ではない。
相手を見極めようとする、長年修羅場を潜り抜けてきた者の視線だった。
「改めて名乗ろう。」
男は椅子へ深く腰を預ける。
「ヴァルゼイン・ローグレイス。ローグレイス商会の会頭を務めている。」
レインとエレアは揃って一礼した。
「レインです。」
「エレアです。」
「そう堅くなるな。」
ヴァルゼインは酒瓶を手に取ると、自らの杯へ酒を注ぎ、一口だけ喉へ流し込んだ。
「まずは一つ、礼を言わせてもらおう。」
突然の言葉だった。
レインは僅かに首を傾げる。
「東区の一件で、結果的にこちらも助かった。」
「何のことでしょう。」
穏やかに返すレインを見て、ヴァルゼインは愉快そうに笑った。
「そういうことにしておこう。」
「誰が何をしたかを詮索する気はない。」
杯を静かに机へ置く。
「ただ、あそこで捕まった商人は、うちと取引のあった男だった。」
「調べさせたところ、この街の流儀を知らん連中と裏で繋がっていたらしい。」
「ローグレイス商会の名を利用されていたとなれば、見過ごすわけにはいかん。」
その声に怒気はない。
ただ、商会の長として事実を受け止めているだけだった。
「物流を預かる者としては失格だ。」
ヴァルゼインは自嘲気味に笑う。
「荷だけじゃない。信用まで運ぶのが俺たち商人だからな。」
グラディウスが短く口を開く。
「だから洗い直している。」
「ああ。」
ヴァルゼインは静かに頷いた。
「商会の信用は、一度傷が付けば簡単には戻らん。」
遠くを見るように目を細める。
「ガストンの爺さんが若い頃から口酸っぱく言っていた。」
『信用だけは裏切るな。』
「あの頃は説教くらいにしか思っていなかったが、今なら身に染みる。」
そう言って小さく笑うと、レインへ真っ直ぐ視線を向けた。
「そのガストンが、お前を信用した。」
「なら、俺が疑う理由もない。」
部屋へ静かな空気が流れる。
ヴァルゼインは両肘を机へ置き、ゆっくりと続けた。
「お前たちが何者なのか。」
「何のためにライゼンへ来たのか。」
「調べようと思えば調べられる。」
「だが、そんなことをして得られるものは少ない。」
「誰にでも話せない事情はある。」
「それを無理に暴こうとは思わん。」
レインは静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「礼はまだ早い。」
ヴァルゼインは立ち上がる。
先ほどまでの豪放な笑みは消え、その眼差しだけが鋭く変わった。
「世界商談会には、各国の王侯貴族、大商人、要人が集まる。」
「表から来る者もいれば、身分を隠して街へ入る者もいる。」
「その中のお一人が、現在ライゼンへ来られる。」
レインとエレアは黙って続きを待った。
「その方の存在を知る者は、ごく僅かだ。」
「もちろん、護衛が付いていることを知る者もな。」
ヴァルゼインは二人を見据える。
「その方の護衛を、お前たち二人に依頼したい。」
その一言で、部屋の空気が静かに張り詰めた。




