二人の距離
東区で摘発された盗品組織の事件は、その後しばらくライゼン中の話題となった。
新聞は連日のように事件を報じ、衛兵隊は押収した盗品の確認と関係者の取り調べに追われる。盗難被害に遭っていた商人や旅人のもとへ品物が戻り始めると、酒場では「久しぶりに衛兵が一仕事やってくれた」と杯を交わす声も聞かれた。
もっとも、その騒ぎも長くは続かない。
世界商談会の開催まで三ヶ月を切る頃には、街全体の関心は次第にそちらへ移っていった。
西部方面はもちろん、遠く離れた国々からも商隊が続々と到着し始め、宿は次々と満室になる。大通りには荷馬車が列をなし、市場には普段見かけない品々が並び、商人たちは一つでも多くの商品を確保しようと街中を駆け回っていた。
冒険者ギルドも例外ではない。
商隊護衛や倉庫警備、護衛対象の迎えなど依頼が急増し、掲示板は朝から夕方まで空になることがなかった。
そんな喧騒の中、レインとエレアも目立つことなく依頼をこなし続けた。
魔物討伐。
商隊護衛。
遺跡調査。
行方不明者の捜索。
依頼の内容は様々だったが、二人は必要以上に実力を見せることなく、一つひとつを着実に片付けていく。
気が付けば、受付嬢からは「またお願いします」と笑顔で依頼書を渡されるようになり、宿へ戻れば主人は何も聞かず二人分の食事を用意してくれる。
「今日は少し遅かったな」
「少し依頼が長引きました」
「そうか」
それだけの会話だった。
だが、その短いやり取りが、いつしか二人の日常になっていた。
ライゼンでは今、二人は「仕事が丁寧で信頼できるCランク冒険者」として少しずつ名を知られるようになっていた。
そして、その二ヶ月の間に変わったものがもう一つある。
レインとエレアの関係だった。
あの日、酒に酔ったエレアと一夜を共にして以来、最初の数日は互いにどこか落ち着かなかった。
それでも、同じ依頼を受け、同じ食卓を囲み、同じ部屋へ戻る毎日を繰り返すうちに、その距離は少しずつ縮まっていく。
眠る前に「おやすみ」と言葉を交わすことも、ごく自然な習慣になっていた。
翌朝になれば、同じベッドで目を覚まし、何事もなかったように身支度を整えて一階の食堂へ降りる。
そんな穏やかな時間が、二人にとって当たり前の日常になっていた。
――そして、世界商談会まで残り一ヶ月を切った頃。
ライゼンの空気は少しずつ変わり始める。
さらに時は流れ、開催まで残り二週間。
その変化は、誰の目にも明らかだった。
昼夜を問わず街には人が溢れ、各国の商隊がひっきりなしに出入りしている。
だが、増えたのは商人だけではない。
一目で歴戦と分かる傭兵。
旅人を装いながら周囲を鋭く観察する男たち。
護衛にしては隙がなさ過ぎる者。
そして、その誰もが互いを静かに値踏みしていた。
宿へ戻る途中、レインはふと歩みを緩める。
「……街の空気が変わりましたね」
「ええ」
隣を歩くエレアも、人波へ静かに視線を巡らせた。
「二週間ほど前からでしょうか」
「世界商談会が近いからですか」
「それもあります」
エレアは、荷馬車の列へ紛れるように歩く数人の男たちを見送った。
「ですが、この街へ集まっているのは商人だけではありません」
レインもその視線を追う。
男たちは一見すれば普通の護衛だった。
しかし、歩幅も、周囲への視線も、立ち止まる位置も無駄がない。
実戦を知る者だけが持つ空気だった。
「……確かに」
レインは静かに頷く。
「商談会は、商人だけが集まる場所ではありません」
エレアはゆっくりと言葉を続けた。
「各国の情報機関、裏社会、傭兵、護衛、そして思惑を抱えた者たちも集まります。表では商談が行われ、裏では互いの探り合いが始まる。それが世界商談会です」
その言葉を聞き、レインは改めて街を見渡した。
笑いながら商談を交わす商人。
荷を運ぶ御者。
談笑する冒険者。
どこから見ても平和な商業都市だった。
だが、その穏やかな景色の下では、すでに様々な思惑が静かに動き始めている。
ライゼンは今、大きな嵐の前夜を迎えようとしていた。




