表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄なのか?  作者: よろず
アルカディア騎士編
PR
122/212

末端の覚悟


最後まで立っていた商人は、震える足で後ずさりを続けていた。


護衛は全員倒れ、倉庫には苦しげな息遣いだけが残っている。


静寂の中、レインはゆっくりと姿を現した。


黒い外套を纏ったまま商人の前で立ち止まる。その落ち着いた佇まいに、商人は思わず息を呑んだ。


「……誰だ、お前は」


返事はない。


レインは感情を表に出さないまま口を開く。


「質問します。」


「ま、待て! 金なら払う! 望むものは何でも渡す!」


「盗品は、誰へ渡す予定でしたか。」


商人は唇を震わせた。


「お、俺たちは集めるだけだ! 回収の命令が来れば荷をまとめて引き渡す! それだけなんだ!」


「誰の命令です。」


「知らん!」


商人は必死に首を振る。


「伝令が来るだけだ! 名前も顔も毎回違う! 本当なんだ!」


「次の受け渡し場所は。」


「まだ決まっていない! 命令が来るまで俺たちにも分からない!」


レインは商人の表情を静かに見つめる。


嘘をついている様子はない。


いや、この男自身が本当にそこまでしか知らされていないのだろう。


その時だった。


商人の表情が僅かに歪む。


「……っ!」


口元へ手を伸ばそうとした瞬間、レインの姿が消えた。


次の瞬間には商人の懐へ踏み込み、その手首を掴んでいた。


「毒ですか。」


商人は苦しそうに笑う。


「……遅い。」


黒い血が口元から流れ落ちた。


どうやら奥歯へ仕込まれていた毒を、舌で割ったらしい。


「エレア。」


「はい。」


屋根から飛び降りたエレアがすぐに回復魔法を施す。


淡い光が商人を包む。


しかし、その表情はみるみる青ざめ、瞳から光が失われていく。


エレアは唇の色を確認し、小さく首を振った。


「……強力な毒です。回復魔法では間に合いません。」


商人は最後に薄く笑った。


「俺は……所詮、ここまでの駒だ……。」


途切れ途切れの声で呟く。


「お前たちも……終わったと思うな……。」


それだけ言い残し、力なく床へ崩れ落ちた。


倉庫には静寂だけが戻る。


レインは商人を見下ろし、小さく息を吐いた。


「最初から、こうなる覚悟をさせられていたのでしょうね。」


「裏切れば生きられない。捕まっても生きて帰れない。」


エレアは静かに目を伏せる。


「末端ほど、その傾向は強いのでしょう。」


二人は倉庫内を見回した。


盗品はそのまま残り、護衛たちは全員気絶している。


「衛兵へ知らせましょう。」


「はい。」


レインは頷いた。


エレアが匿名で衛兵隊へ通報を送り終えると、二人は痕跡を残さないよう静かに倉庫を後にする。


夜明け前には衛兵隊が現場へ到着し、盗品の保全と関係者の拘束を開始した。



翌朝。


ライゼンの街は、いつもと変わらぬ活気に包まれていた。


商人たちは店を開き、荷車が石畳を行き交い、市場には朝から威勢のいい声が響いている。


その一角にある宿でも、宿泊客たちが朝食を囲んでいた。


レインとエレアも食堂へ降り、いつもの席へ腰を下ろす。


主人は二人へ軽く頷くだけで、黙って朝食を運んできた。


余計なことは聞かない。


それがこの宿の流儀だった。


食事を終えかけた頃、一人の宿泊客が新聞を広げる。


「東区で何かあったらしいぞ。」


その声につられ、周囲の客も新聞を覗き込んだ。


レインも近くへ置かれていた新聞へ目を通す。


一面には大きく、


『東区倉庫で盗品多数発見 衛兵隊が関係者を拘束』


と見出しが躍っていた。


記事には、夜明け前に匿名の通報を受けた衛兵隊が東区外れの倉庫へ踏み込み、大量の盗品を押収したことが記されている。


一方で、


『現場では商人一名の死亡も確認。事件との関連を含め調査中』


とだけ添えられていた。


商会名も。


組織名も。


まだ一切公表されていない。


衛兵隊も慎重に捜査を進めているのだろう。


新聞を読み終えたレインは静かに机へ戻した。


「思ったより早く表へ出ましたね。」


「盗品が大量に見つかった以上、隠しきれなかったのでしょう。」


エレアも短く頷く。


「ですが、本番はこれからです。」


「ええ。」


盗品集積所は潰した。


末端組織も壊滅した。


だが、それだけでは終わらない。


裏では必ず誰かが動き始める。


レインとエレアは互いに視線を交わすと、静かに朝食の続きを口へ運んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ