憧れ
太陽が西へ傾き始めた頃、一年Bクラスはようやく演習地へ到着した。
森の中にぽっかりと開いた空き地。
今夜の野営地だ。
「着いたぁ……」
ロイが情けない声を漏らした。
朝から続いた行軍で足は棒のようになっている。
重い荷物を持ち足場の悪い林道は慣れてない者には辛い。
他の生徒達も似たようなものだった。
荷物を下ろしてそのまま座り込みそうになる者までいる。
「休憩は後だ」
バルドの一言で全員が顔を上げた。
「これより野営地を設営する」
途端に不満そうな声が上がる。しかしバルドは無視した。
「寝床も焚き火も見張り場所も自分達で作れ。騎士団は宿屋に泊まりながら戦争をするわけではない」
それだけ言うとバルトは森の中え消えた。
後は自分達でやれということだろう。
生徒達は顔を見合わせる、誰がどう動けばいいのか分からないのだ。
そんな空気が流れかかったその時だった。
「まず周辺を確認しようか」
アルベルトが口を開いた。
命令口調ではない。
だが周囲は無意識に耳を傾ける。
「森側の確認が先だ。テントを張ってから危険な場所だと分かっても意味がないからね」
数人が頷いた。
確かにその通りだ。
「五人ほど周囲を見てきてくれ」
立候補した生徒達が森へ向かう。
アルベルトは続けた。
「残りは設営準備だ。薪集めとテント設営を分担した方が早い」
気付けば周囲の生徒達が皆動き始めていた
確かに言っていることが合理的だった。
レインはその様子を見ていた。
アルベルト・フォン・グランツ。
Bクラス一位。
アルベルト王国では名の知られたグランツ伯爵家の四男だ。
貴族ならない者はいない名門。伯爵家筆頭らしい。
だが生徒達が従う理由は家名だけではない。
実際、この数ヶ月で何度も見てきた。
アルベルトは自分から前へ出て誰よりも先に考えて動く。
そして自然と周囲を動かしてしまう。
剣や魔法だけではない。
人をまとめる力があった。
むしろ不思議なのは、そんな人間がBクラスにいるという事だ。
少なくともレインにはAクラスでも通用するように見える。
「荷馬車は中央かな」
アルベルトが言った。
「中央ですか?」
「補給品は拠点の心臓部。どこからでも守れる場所に置いた方がいいと思うよ」
なるほど、と周囲が頷く。
さらに続ける。
「焚き火は外周じゃなく中央寄りに。夜は見張りを置くから、その場所も空けておこう」
次々と指示が飛ぶ。
気付けば野営地の形が出来上がり始めていた。
テント。
焚き火、寝床、見張り台代わりの場所。
最初は何をすればいいか分からなかった生徒達も、今ではそれぞれの役割をこなしている。
ロイが感心したように呟く。
「アルベルトって凄いな」
「まあね」
エリオットも頷いた。
先ほどから熱い眼差で見てる。あのワルでさえ憧れの目線だ。貴族にとっては憧憬の存在なのだろう。
少なくとも、自分ならここまで上手く人を動かせない。
しばらくして設営は完了した。
中央では焚き火が揺れ生徒達はようやく腰を下ろした。
疲労は大きい。
だが自分達で作り上げた拠点を見ると、不思議と達成感もあった。
アルベルトは座る前にもう一度だけ周囲を見回した。
拠点全体を確認するように。
その姿を見ながらレインは思う。
なるほど。
Bクラス一位は伊達ではないらしい。
少なくとも、この場で一番騎士らしいのはアルベルトだった。




