東区へ
依頼書を受け取ったレインは軽く目を通すと、それを折り畳んで懐へしまった。
「それでは行ってきます。」
「お気を付けて。」
二人が外へ出ると、昼の陽射しは朝より一段と強さを増していた。
それでも街の熱気は衰えるどころか勢いを増している。大通りには荷馬車が何台も連なり、商人たちは忙しなく行き交い、護衛の冒険者たちは依頼主とともに目的地へ向かっていた。
「行きましょう。」
「はい。」
二人は人波へ紛れるように東区へ向かう。
歩みを進めるにつれ、街並みは少しずつ姿を変えていった。
大商会の建物は減り、代わりに酒場や飲食店、娯楽施設が目立ち始める。露店には武器や防具、異国の装飾品、香辛料や薬草まで並び、人々の活気はむしろ表通り以上だった。
だが、一本路地へ目を向けると空気は一変する。
陽の光が届きにくい細い路地。
壁にもたれ掛かる男たち。
こちらを一瞥しただけで視線を逸らす人々。
同じ街とは思えないほど雰囲気が違っていた。
その時だった。
「泥棒だ!」
怒声が通りへ響き渡る。
人混みを割るように、一人の若い男がこちらへ駆けてくる。
男の手には革製の財布が握られていた。
そのままレインたちの脇を駆け抜け、迷うことなく細い路地へ飛び込んでいく。
遅れて商人と衛兵たちが現れた。
「待て!」
怒号だけが路地へ響き、男の姿はすでに見えない。
レインは迷わなかった。
「追います。」
細い路地へ飛び込む。
表通りの喧騒は一瞬で遠ざかった。
入り組んだ路地を男は迷いなく走り抜ける。
全力なら追いつける。
だが、レインは距離を詰めようとはしなかった。
男がどこへ向かうのか。
それを知る方が重要だと判断したからだ。
エレアも何も言わず、その後ろを追う。
やがて男は小さな広場へ出ると、一軒の古びた建物へ駆け込んだ。
レインは物陰へ身を寄せ、静かに様子を窺う。
しばらくして建物の別の扉が開いた。
出てきたのは十歳ほどの少年だった。
周囲を見回すと、そのまま何事もなかったように歩き去っていく。
さらに今度は二十代ほどの男が姿を現した。
こちらも財布は持っていない。
建物の前で軽く伸びをすると、そのまま別の路地へ消えていった。
「一人ではなさそうですね。」
「ええ。」
エレアは小さく頷く。
「逃げ込む場所も、役割も決まっているように見えます。」
二人が見守る間にも、人の出入りは続く。
若者。
年配の男。
買い物帰りの女性。
誰もが何気なく建物へ入り、しばらくすると別々の方向へ去っていく。
知らなければ、ごく普通の民家にしか見えない。
「財布一つで踏み込むには危険ですね。」
エレアが静かに言う。
レインも頷いた。
「ええ。」
「依頼は盗まれた財布ですが、この建物の方が気になります。」
その時、扉が再び開いた。
今度は革袋を抱えた男が足早に姿を現す。
男は周囲を一度だけ見回すと、東区のさらに奥へ向かって歩き始めた。
レインの視線が男を捉える。
「財布は後です。」
小さく呟く。
「まずは、あの男を追います。」
エレアは短く頷く。
二人は気配を消し、人混みに紛れるように男の後を追った。




