怪しい宿屋2
「部屋はこちらだ」
主人は受付の壁に掛けられていた鍵を外すと、ゆっくりと階段を上り始めた。
レインとエレアもその後へ続く。
階段は年季が入っていたが、不思議なほど軋まない。磨き込まれた手すりには長年使われてきた跡が残り、窓から差し込む夕陽が木目を柔らかく照らしていた。
二階へ上がると、廊下は決して広くない。
それでも床も壁も隅々まで手入れが行き届き、古びているというより、大切に使われ続けてきた宿という印象だった。
「ここだ」
主人は廊下の奥で立ち止まり、鍵を回して扉を開ける。
「入ってみな」
部屋へ足を踏み入れたレインは、小さく目を見開いた。
想像していたより広い。
二つの寝台は部屋の両端へ離して置かれ、その間には机と椅子が並ぶ。壁際には衣装棚と武具棚、奥には丸テーブルまで備えられていた。
豪華ではない。
それでも長期滞在には申し分ない造りだった。
「元は家族連れ用の部屋だ。二人なら十分だろう」
「ありがとうございます」
エレアが一礼すると、主人は軽く頷く。
「飯は一階の食堂だ。朝と夜は用意してある。風呂は夕方から夜まで自由に使ってくれ」
一通り説明を終えると、主人は二人へ目を向けた。
「それと、一つだけ頼みがある」
「宿では暴れないでくれ」
レインは思わず苦笑する。
「そのつもりはありません」
「そうか」
主人は受付で預かった冒険者カードを返しながら、小さく笑った。
「宿代さえ払ってくれれば、事情は聞かん。それがこの宿の流儀だ」
それだけ言い残し、静かに部屋を後にする。
扉が閉まる音が廊下へ消えた。
しばらく沈黙が続く。
やがてレインが小さく口を開いた。
「……気付きましたか」
「ええ」
エレアも静かに頷く。
「普通の宿屋には見えませんでした」
「私も同じ印象です」
それ以上は語らない。
互いに感じたものはあった。
だが、それが何なのかまでは分からない。
レインは閉じられた扉へ目を向ける。
「敵に回したくない相手ですね」
エレアは小さく微笑んだ。
「私も同じ意見です」
窓の外では、夕暮れのライゼンがゆっくりと夜へ向かい始めていた。
二人は荷物を置くと、誰からともなく窓際へ歩み寄る。
この街での任務は、まだ始まったばかりだった。




