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英雄なのか?  作者: よろず
アルカディア騎士編
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111/225

怪しい宿屋


ライゼン冒険者ギルドを出ると、夕暮れにはまだ少し早い陽光が石畳の大通りを照らしていた。


人通りは王都アルディアにも引けを取らない。


商人が荷車を押し、冒険者が武器を背負って歩き、異国の旅人たちが行き交う。聞き慣れない言葉まで飛び交い、この街が西部最大の交易都市であることを改めて感じさせた。


レインは街並みを見渡す。


「思っていた以上ですね」


「何がですか」


「街の広さです」


王都アルディアも大きな街だ。


だが、こちらは街全体が商いを中心に動いている。通りには商会や宿、飲食店が立ち並び、人の流れも王都とはどこか違って見えた。


エレアは小さく頷く。


「まずは宿を探したいところですが、その前に街の地理を頭へ入れておきましょう」


「宿より先ですか」


「ええ。初めて訪れる土地ほど、先に地形を覚えます。いざという時、どこへ逃げ、どこへ向かうか。それを知らなければ判断が遅れます」


「騎士学校でも似たことは教わりました」


二人は大通りを歩きながら、街の様子を頭へ刻んでいく。


中央広場。


商業区。


市場。


武具店や道具店。


交差点を曲がるたびに、エレアは自然と街道の向きや建物の位置を確認していた。


「この通りは北門へ繋がっています」


「こちらは」


「西区です。宿屋や飲食店が多いですね」


レインも周囲へ目を向ける。


人が集まる場所。


荷馬車が多い通り。


商人が足を止める広場。


一つひとつを頭の中で結びつけていった。


やがて賑やかな大通りを離れ、細い石畳の路地へ入る。


古びた酒場や古道具屋、小さな修繕屋が肩を寄せ合うように並び、歩いているのも地元の住民ばかりだった。


「こちらまで来る冒険者は少ないようですね」


「依頼帰りに立ち寄る者はいますが、観光客はほとんど来ません」


エレアは静かに続ける。


「ですが、こういう場所ほど覚えておく価値があります」


レインも頷いた。


表通りは誰でも歩ける。


だが、人目を避けて動く必要がある時、本当に頼りになるのはこうした裏通りだった。


さらに路地を進んだところで、エレアが足を止める。


路地の角に、一軒の宿が建っていた。


三階建ての古い石造り。


壁や看板には長い年月を感じさせるものの、玄関や窓枠は丁寧に手入れされている。


古い。


だが、荒れてはいない。


「入ってみましょうか」


レインは静かに頷き、二人は木製の扉を押し開けた。


扉の上の小さな鈴が澄んだ音を響かせる。


一歩中へ入ると、外の喧騒が嘘のように遠ざかった。


木の床や柱には年月が刻まれている。それでも床はよく磨かれ、壁や窓にも埃一つ見当たらない。


入口正面には木製の受付。


左手には食堂があり、宿泊客らしき数人が静かに食事を楽しんでいた。


店全体に落ち着いた空気が流れている。


「いらっしゃい」


低く穏やかな声が響いた。


受付の奥から姿を現したのは、六十代半ばほどの主人だった。


白髪混じりの短髪。


質素な服装。


どこにでもいそうな宿屋の主人だった。


だが、その姿を見た瞬間だった。


レインの目がわずかに細くなる。


隣のエレアも、一瞬だけ主人を見つめた。


言葉は交わさない。


それでも感じたものは同じだった。


――隙がない。


威圧感はない。


構えもない。


それでも、本能が「普通ではない」と静かに告げていた。


一方、主人も二人へ視線を向ける。


宿泊客を迎える穏やかな眼差し。


しかし、その視線はほんの一瞬だけ二人の全身を静かに見定めると、何事もなかったように柔らかな笑みへ戻った。


「泊まりかい」


「はい」


エレアが一歩前へ出る。


「長期で滞在できる宿を探しています」


主人は帳簿を開き、慣れた手つきで頁をめくる。


「長期か……」


小さく呟き、少しだけ困ったように眉を寄せた。


「悪いな。空いている部屋は一つだけだ」


レインは思わずエレアを見る。


世界商談会までは、まだ三か月。


それでも部屋が一つしか残っていないという事実に、この街の活気を改めて思い知らされる。


主人は続けた。


「元は家族連れ向けの部屋だ。二人で使うには十分な広さだが、それでも構わないか」


「問題ありません」


エレアは迷わず頷いた。


「そうか」


主人は受付の横に掛けられた鍵を手に取る。


「じゃあ、案内しよう」


主人の後ろ姿を見ながら、レインが小さく呟く。


「……気付きましたか」


「ええ」


エレアも小さく頷く。


「ただの宿屋には見えません」


「私も同じ印象です」


それ以上、二人は何も言わなかった。


主人も振り返ることはない。


互いに何かを感じ取りながらも、誰も余計なことは口にしなかった。

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