ライゼン自由都市連合
オルヴェインは室内をゆっくりと見渡した。
「レインとエレアについての説明は以上です」
誰一人として口を開かない。
第七騎士団の隊員たちは、今この場で告げられた内容の重さを理解していた。エレア・レインフォードの現場復帰。レイン・クロードという秘匿された上位超越者。そして、その二人が同じ任務に就くという事実。どれも軽々しく口にしていい話ではない。
オルヴェインはディートハルトへ視線を向ける。
「以後の任務については、総隊長へ一任します」
「承知いたしました」
短い返答だった。
だが、それだけで十分だった。人事と機密は宰相が定め、任務の指揮は第七騎士団総隊長が執る。その明確な線引きこそが、王国という組織を支えている。
オルヴェインはレインを見る。
「レイン」
「はい」
「第七騎士団は王直属の組織です。剣を振るうだけでは終わらない任務も少なくありません。時には名を捨て、功績すら残らぬ仕事もあるでしょう。それでも、お前なら応えられると信じています」
レインは静かにうなずいた。
オルヴェインは満足そうに頷き、エレアへ向き直る。
「エレア」
「はい」
「レインを支えてやってください」
「お任せください」
それ以上、言葉は交わされなかった。
オルヴェインは踵を返して執務室を後にする。重厚な扉が静かに閉まり、足音が遠ざかる。
王国中枢の決定を伝える時間は終わった。
ここからは、第七騎士団の時間だった。
ディートハルトは閉じられた扉を一瞥すると、レインへ向き直る。
「改めて歓迎する、レイン」
「ありがとうございます」
「まず一つ伝えておく。お前の過去を聞くつもりはない」
レインは黙って耳を傾ける。
「国家最高機密と定められた以上、我々が詮索する理由はない。第七騎士団は情報を扱う組織だ。だからこそ、知るべきことと知るべきでないことを履き違えない」
室内は静まり返ったままだった。
誰一人として異を唱えない。その沈黙こそが、第七騎士団全員の意思だった。
「我々が見るのは、お前がこれから何を成すか。それだけだ」
「了解」
「それでいい」
ディートハルトは中央の机へ歩み寄る。
広げられた西大陸全図には、各国や主要都市を示す駒が整然と並んでいた。隊員たちも自然と机を囲み、レインとエレアもその輪へ加わる。
ディートハルトの指がライゼン自由都市連合で止まった。
「四か月後、ライゼン自由都市連合で世界商談会が開かれる」
わずかに室内の空気が引き締まる。
「世界商談会は数年に一度、およそ一か月にわたって開かれる世界最大級の商業会合だ。西部諸国はもちろん、東部からも王族、外交使節、大商会、職人、学者、著名な冒険者が集まる。技術、資金、人材、軍需、そして情報――世界中の利害がライゼンへ集結する」
ディートハルトはライゼンを軽く叩いた。
「そして、毎回何かが起きる」
その一言には、長年現場に立ってきた者だけが持つ重みがあった。
「暗殺未遂。機密文書の奪取。商会同士の買収工作。要人への接触。各国情報機関同士の衝突。表では華やかな商談会が開かれる一方、裏では各国が最も神経を尖らせる一か月になる」
「今回、お前とエレアには先行してライゼンへ入ってもらう」
一拍置き、続ける。
「身分は冒険者だ」
任務の全体像が、その一言で見えた。
「商談会が始まってから街へ入れば、新顔として警戒される。だから三か月前に入る。冒険者登録を済ませ、依頼を受け、宿を確保し、街に溶け込め。商談会が始まる頃には、誰が見てもライゼンで活動する新人冒険者になっていろ」
「承知しました」
「エレアは魔術師として同行する。普段は顔を隠せ。必要以上に目立つな」
「承知しました」
ディートハルトは再び地図へ目を落とす。
「現段階で伝えられるのはここまでだ。詳細はライゼンへ入る直前に伝える」
「まだ、分からないということですか」
「ああ」
迷いなく頷く。
「毎回何かは起きる。だが、今年何が起きるかは誰にも分からん。分からないものを分かったつもりで動けば、判断を誤る」
そう言って地図の上を指先でなぞる。
「だからまず街へ入れ。人の流れを見ろ。商会の動きを見ろ。各国の使節が何を求め、どこへ向かうのかを見ろ」
だが、その一言一言には確かな重みがある。
「表だけを見るな。裏で誰が近づき、誰が離れ、誰が動かないのか。そこに本当に見るべきものがある」
レインはライゼンを見つめた。
名もない冒険者として街へ入り、依頼をこなし、人々に紛れながら情報を集める。
だが、世界中の思惑が交差するその街は、下手な戦場よりも危険な場所になるだろう。
「分かりました」
「ライゼンへ入り、冒険者として街に馴染みます。そのうえで、商談会へ向けて動く者たちを探ります」
ディートハルトは静かに頷いた。
「それでいい。お前たちの最初の任務は戦場へ赴くことではない」
一度言葉を切る。
「戦場になるかもしれない場所へ、誰よりも早く入り、誰にも気づかれず待つことだ」
その一言で、レインの第七騎士団としての初任務は決まった。
ライゼン自由都市連合。
数年に一度、世界中の人、金、そして思惑が交差する街。
その華やかな世界商談会の裏では、毎回必ず何かが起きる。
だからこそ、第七騎士団は誰よりも早く動く。
レインとエレアは、冒険者としてその街へ向かうことになる。




