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英雄なのか?  作者: よろず
アルカディア騎士編
101/255

登城


卒業式から三日後、レインは王都の西区を歩いていた。目指す先はアルディア王城である。ただし、騎士や文官が出入りする正門ではない。アレクシスから渡された短い書状には、城の西側にある通用門へ向かうよう記されていた。


通用門の周辺には、使用人や荷運びの姿があった。人払いをしているとはいえ、完全に人影を消せばかえって目立つのだろう。荷車はいつもより少なく、立つ兵士達も必要以上に周囲へ視線を向けない。


自然に見える。


だからこそ、意図が透けて見えた。


誰が何を見ないようにしているのか。それだけで、この場が厳重に管理されていることが分かる。


レインが門へ近づくと、横手の扉が静かに開いた。


「こちらです、レイン」


姿を現したのはエレアだった。銀髪を後ろでまとめ、落ち着いた濃紺の衣装を身に纏っている。副学長として見慣れた姿ではあるが、今日の彼女は学校にいた頃よりもさらに隙がない。


「お久しぶりです。」


「挨拶は中で構いません。今日、あなたがここへ来たことを知る者は限られています。」


「なるほど。」


「余計な視線を向けず、私の後ろを歩いてください。」


丁寧な口調だったが、その響きは命令そのものだった。


レインも何も言わず後に続く。


案内されたのは豪華な正面回廊ではなく、使用人達が行き交う裏通路だった。途中ですれ違う兵士も使用人も、誰一人としてレインへ目を向けない。


いや、正確には違う。


見ていないのではない。


見ないよう徹底しているのだ。


「随分と徹底していますね。」


「徹底するだけの理由があります。」


エレアは歩みを緩めることなく答えた。


「あなたとヴェルガストの関係が外へ漏れれば、王国だけの問題では済みません。」


その名に、レインはわずかに目を細める。


やはり今日の話は師匠についてらしい。


アレクシスが驚いた理由も、王城へ呼ばれた理由も、すべてそこへ繋がっている。


やがて二人は城の奥にある小さな会議室の前で足を止めた。


謁見の間ではない。


大臣達が集う会議室でもない。


外から見れば、重要書類を扱う控え室にしか見えない質素な部屋だった。


エレアが扉を叩く。


「エレアです。レイン・クロードをお連れしました。」


「入れ。」


低い声が返る。


扉が開き、レインは室内へ足を踏み入れた。


中央の長机には三人。


正面にはアルディア国王ゼルヴァード・アルディア。


その隣に宰相オルヴェイン・ザグラ。


そして少し離れた席に学園長アレクシスが座っていた。


エレアは静かに扉を閉め、国王の斜め後ろへ控える。


ゼルヴァード王は堂々たる体格の男だった。豪奢な装飾こそ身につけていないが、そこに座るだけで部屋全体の空気を支配している。


「レイン・クロード。」


「はい。」


「改めて名乗ろう。私はアルディア国王ゼルヴァードだ。」


「宰相のオルヴェイン・ザグラです。本日は非公式の場ですので、過度な礼は不要ですよ。」


「レイン・クロードです。」


レインが一礼すると、王は短く頷いた。


「座れ。」


「失礼します。」


席へ着いた瞬間、空気が変わる。


世間話をする場ではない。


そのことを、この場にいる全員が理解していた。


「まず確認したい。」


ゼルヴァード王は机の上で指を組み、レインを真っ直ぐ見据える。


「お前の師は、ヴェルガストと名乗っていたのだな。」


「はい。」


「どのような暮らしをしていた。」


レインは少し考えた。


「朝から酒を飲んで、昼寝をして、気が向けば狩りへ行く生活でした。」


室内が静まり返る。


オルヴェインが思わず聞き返した。


「……それが普段の姿ですか。」


「はい。あとは剣や魔法を教えてくれました。狩りや気配の読み方、罠の見抜き方、それから戦場では何を優先するべきかも。」


「戦場……。」


王が小さく呟く。


「自分の過去は語ったか。」


「酒を飲んでいる時に少しだけ。」


「どんな話だ。」


「国を一つ潰したとか、三つの国に追われたとか、龍に喧嘩を売って三日逃げ回ったとか。」


レインは苦笑した。


「全部、酔っぱらいの冗談だと思っていました。」


誰も笑わない。


レインだけが首を傾げる。


「……本当なんですか。」


「分からん。」


王は静かに答えた。


「我々が知るのは戦場に残された記録だけだ。だからこそ、お前の話を聞いている。」


「そうですか。」


「他に客は来なかったか。」


レインは首を横へ振りかけ――ふと思い出した。


「……一人だけいました。」


四人の視線が一斉に集まる。


「女性です。子どもの頃、一度だけ。」


「どんな人物だった。」


「この世の者とは思えないくらい綺麗な人でした。」


エレアの瞳がわずかに揺れる。


オルヴェインも無言になる。


「師匠とは昔からの知り合いみたいで、三日三晩ずっと酒を飲んでいました。」


「三日三晩……。」


アレクシスが思わず呟く。


「最後は二人とも泥酔でした。」


レインは懐かしそうに笑った。


「翌朝、見送りに外へ出たら、その人が龍の姿になって帰っていったんです。」


室内から音が消えた。


「白銀の龍でした。人の姿も龍の姿も、本当に綺麗で……でも酔っていたみたいで、ふらふら飛んで行きました。」


誰も口を開かない。


その断片だけで、四人は一つの存在を思い浮かべていた。


しかし、誰もその名を口にはしなかった。


王はゆっくり息を吐く。


「……最後に一つだけ聞こう。」


「はい。」


「なぜ騎士学校へ入学した。」


「師匠に言われたからです。」


「理由は。」


「『お前、暇だろ。二年くらい遊んでこい』って。」


一瞬、沈黙が落ちる。


「……それだけか。」


「はい。旅費も学費も置いてあったので、そのまま王都へ来ました。」


あまりにも自然な答えだった。


立身出世でもない。


騎士への憧れでもない。


ただ、育ての親に言われたから来た。


それだけだった。


ゼルヴァード王は静かに組んでいた手を解く。


「レイン・クロード。」


声色が変わる。


「ここから先は王国の機密だ。」


部屋の空気がさらに張り詰めた。


「お前の師が本当に我々の知るヴェルガストなのか、断定はできん。だが可能性だけでも十分危険だ。」


王は真っ直ぐレインを見据える。


「その事実が外へ漏れれば、大国は必ず動く。お前を狙う者も現れる。」


「……自分を、ですか。」


「そうだ。」


王は即答した。


「ヴェルガストの弟子というだけで価値が生まれる。その上、お前には実力がある。放っておく国はない。」


オルヴェインが続ける。


「北方情勢も不安定です。近い将来、大きな戦が起きても不思議ではありません。」


レインは静かに頷いた。


「つまり、自分と師匠の関係は隠したい、と。」


「その通りだ。」


王は一拍置く。


「そして王国は、お前の力を借りたい。」


レインは答えなかった。


その沈黙を見届けた王は、静かに言葉を続ける。


「忠誠を誓えとは言わん。国のために命を捨てろとも言わん。」


「……。」


「だが、これからの時代には、お前のような力が必要になる。」


エレアが口を開く。


「通常の騎士団では、あなたは必ず目立ちます。」


「だからこそ、表へ出ない部隊がある。」


ゼルヴァード王はレインを真っ直ぐ見据えた。


「レイン・クロード。」


静かな部屋に王の声だけが響く。


「第七騎士団へ入ってくれないか。」

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