次は騎士団で
卒業式当日。王立騎士学校の講堂には、例年にも増して張り詰めた空気が漂っていた。
壇上には学園長アレクシスをはじめとする教官達が並び、最前列には卒業を迎えた二年生達、その後方には一年生全員が整然と席に着いている。窓から差し込む柔らかな春の日差しが赤い絨毯を照らし、普段は訓練場で剣を振るう生徒達も、この日ばかりは正装に身を包み、静かに壇上へ視線を向けていた。
講堂を満たす厳かな音楽とともに、卒業証書授与が始まる。
一人、また一人と名前が呼ばれ、そのたびに卒業生が壇上へ進み出る。証書を受け取り、一礼して席へ戻る。その一連の所作を、一年生達は誰一人として目を逸らさず見つめていた。
二年後、自分達もあの場所へ立つ。
そんな思いが、言葉にしなくとも自然と胸に浮かぶ。
卒業後の道はそれぞれ違う。
騎士団へ進む者。
領地へ戻り家を継ぐ者。
あるいは王国各地で、それぞれの使命を果たす者。
進む道は違っても、この学び舎で過ごした二年間に終わりが訪れるという事実だけは、全員に等しく訪れる節目だった。
やがて最後の一人まで証書を受け取り終えると、学園長アレクシスが静かに一歩前へ進み出る。
「諸君、卒業おめでとう。」
決して大きな声ではない。
それでも、その一言は講堂全体へ不思議なほどよく響き渡った。
「これより先、お前達を守る者はおらぬ。騎士とは、自らの判断一つで部下を生かし、時には国の命運すら左右する存在じゃ。ここで学んだ全てを胸に、それぞれの道を歩んでほしい。」
祝辞は短かった。
飾り立てる言葉も、耳障りのよい激励もない。
だからこそ、一つひとつの言葉が卒業生達の胸へ静かに刻まれていく。
やがて講堂いっぱいに盛大な拍手が響き渡り、厳粛な空気に包まれていた卒業式は静かに幕を閉じた。
講堂の扉が開き、生徒達が外へ出た途端、それまで張り詰めていた空気は嘘のように和らぐ。
「終わったぁ!」
「ようやく卒業だ!」
「あとは配属先へ行くだけだな。」
あちこちで安堵の笑い声が上がり、仲間同士で肩を叩き合う姿が見える。別れを惜しむ者、将来の約束を交わす者、それぞれが卒業という節目を思い思いに過ごしていた。
そんな中、一年生達は自然と二年Sクラスのもとへ集まっていく。卒業を迎えた先輩達へ、最後の挨拶をするためだった。
「卒業、おめでとうございます。」
レインが頭を下げると、エドワードは穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。君達も一年間、よく頑張った。」
「来年はあなた達が、この場所に立つ番ね。」
クリスティーナの言葉に、ラグナは力強く頷く。
「その頃には、もっと強くなっています。」
「いや、十分強いと思うけどな。」
レオンが苦笑すると、その場に小さな笑いが広がった。
和やかな空気の中、一人の少女が静かに輪の中へ歩み出る。
リリアだった。
真っ直ぐレインの前で立ち止まる。
「レイン。」
「はい。」
「またすぐ会う気がする。」
あまりにも自然な口調だった。
レインは思わず苦笑する。
「リリア先輩らしいですね。」
しかし、リリアは小さく首を振った。
「勘。」
短い一言。
だが、その場にいた二年Sクラスの誰一人として笑わない。
リリアの勘が、何度も現実になってきたことを皆知っているからだ。
「俺もそんな気がする。」
アレスが腕を組みながら言う。
「理由は?」
「知らん。」
即答だった。
そのやり取りに周囲から笑みがこぼれる。
「不思議だが、私もまた会う気がする。」
ヴィクトルが静かに続き、クラウスも眼鏡を押し上げながら頷いた。
「私も同感です。」
エドワードはレインを見つめ、静かに口を開く。
「君なら、どこへ行ってもやっていける。次に会う時は、互いに騎士として胸を張れる存在でありたい。」
「はい。」
短い返事だった。
だが、その一言には迷いのない決意が込められていた。
やがて別れの時が訪れる。
一人、また一人と握手を交わし、二年Sクラスは新たな任地へ向かって歩き出した。
その背中が見えなくなるまで、一年生達は静かに見送り続けていた。
やがてレインは静かに振り返る。
そこには一年Bクラスの仲間達と、一年Sクラスの面々が自然と集まっていた。
ロイが腕を組み、いつもの調子で笑う。
「さて、次は俺達の番だな。」
その一言に、皆が頷く。
来年は自分達が卒業する側になる。
そんな思いを胸に、それぞれが前を向いていた。
レインは少しだけ言いづらそうに頭を掻く。
「みんなに話がある。」
その瞬間、場の空気が変わった。
ロイの笑みが消え、ガレンも表情を引き締める。ラグナ達も自然と視線を向け、誰も口を挟まない。
レインは一人ひとりの顔を見回してから、静かに口を開いた。
「家庭の事情で、この学校を辞めることになった。」
言葉が落ちた瞬間、辺りから音が消えたような錯覚が走る。
誰もすぐには反応できない。
「……冗談、だよな?」
ようやくロイが声を絞り出す。
レインは静かに首を横へ振った。
「急に決まったことなんだ。」
それだけで十分だった。
詳しく聞かない方がいい事情なのだと、その場にいた全員が察する。
重い沈黙を破ったのはラグナだった。
「……なら、仕方ねぇ。」
ぶっきらぼうな口調だったが、その声音はどこか優しい。
「学校は違っても、騎士になる奴は騎士になる。」
レオニスも静かに頷く。
「結局、行き着く先は同じだ。」
その言葉に、少しだけ張り詰めた空気が和らいだ。
ロイは大きく息を吐くと、いつもの笑顔を浮かべた。
「そういうことだ。湿っぽい別れは性に合わねぇ。」
「どうせまた戦場で会うさ。」
ガレンが苦笑しながら続ける。
「その時は負けませんよ。」
アイリスが笑みを浮かべると、フィオナも小さく頷いた。
「今度は同じ部隊になっているかもしれないしね。」
レインは仲間達をゆっくりと見回した。
Bクラスで過ごした日々。
Sクラスで学んだ時間。
振り返れば一年という歳月はあっという間だった。それでも、この学校で得た経験と出会いは、何年にも感じられるほど濃密なものだった。
自然と笑みがこぼれる。
「みんな。」
仲間達の視線が集まる。
「ありがとう。」
その一言に、ロイは照れ隠しをするように拳を突き出した。
「戦場で会おう。」
「もちろんだ。」
ラグナも拳を重ねる。
続いてガレン、アルベルト、アイザック、ワル、そして一年SクラスとBクラスの仲間達が次々と拳を合わせていく。
「戦場で。」
「騎士団で。」
「また会おう。」
短い言葉が交わされるたび、それは別れの挨拶ではなく、再会の約束へと変わっていった。
春風が校庭を吹き抜ける。
レインは最後にもう一度だけ学び舎を振り返り、小さく一礼した。
ここで過ごした一年は終わる。
だが、この場所で結んだ縁まで終わるわけではない。
それぞれが未来へ向かって歩き出し、新たな物語が始まろうとしていた。




