第98話 語られる過去
朝。
宿場町を後にした二人は、東へ続く街道を歩いていた。
昨夜よりも空は晴れ、柔らかな陽射しが街道を照らしている。
山は地図を見ながら前を歩く。
雷姫は少し後ろを静かについて行く。
しばらくは言葉も無かった。
風だけが二人の間を吹き抜けていく。
やがて雷姫が小さく口を開いた。
「山、一つ聞いてもいいか。」
「何だ。」
「珍しいな。」
山が少し笑うと、雷姫は少しだけ考えてから静かに続けた。
「私は、お前のことをほとんど知らん。これから共に旅をするなら、知っておきたいと思った。」
「急だな。」
雷姫は視線を逸らす。
「……興味がある。それだけだ。」
山は何も言わない。
しばらく歩きながら考えた後、小さく頷いた。
「じゃあ、先に雷姫からだ。」
雷姫は少し驚いたように山を見る。
だが、すぐに静かに頷いた。
「分かった。」
少しだけ昔を思い出すように空を見上げる。
「私は小さい頃から剣しか知らん。父も武人だったから、朝起きれば鍛錬、食べても鍛錬、日が暮れても鍛錬だった。」
山は思わず苦笑する。
「大変だったな。」
雷姫も少しだけ笑った。
「その頃は、それが当たり前だった。他の生き方を知らなかったからな。」
静かな声だった。
「戦える者は戦う。負ければ死ぬ。それだけだ。気付けば皆が私を雷姫と呼んでいた。」
少しだけ肩を竦める。
「だから私は、戦うこと以外何も知らん。」
山は静かに頷いた。
「……雷姫らしいな。」
「そうか。」
「真面目過ぎる。」
雷姫は少しだけ眉を寄せる。
「それは褒めているのか。」
「多分。」
思わず二人とも小さく笑う。
笑いが落ち着くと、雷姫は山を見た。
「次はお前だ。」
山の笑みが少しだけ消えた。
「……俺か。」
歩きながら視線を前へ向ける。
本当のことなど話せる訳がない。
異世界から来たことも。
前の世界で生きていたことも。
全部、胸の奥へしまい込む。
少しだけ考えた後、山は静かに口を開いた。
「俺は……人と長く付き合うのが苦手だった。」
雷姫が首を傾げる。
「何故だ。」
山は少しだけ笑う。
その笑みは、どこか寂しかった。
「どうせ離れていくから。」
雷姫は黙る。
意味が分からなかった。
「家族か。」
「違う。」
「友か。」
山は少しだけ視線を落とした。
「……友達だと思ってた奴だよ。必要な時だけ近付いて来て、利用されて、終わればそれまで。そんな奴ばっかりだった。」
雷姫は歩みを少しだけ緩めた。
山は淡々と話している。
だが、その声だけはどこか諦めていた。
「だから最初から期待しない方が楽だった。どうせ皆いなくなる。そう思ってた。」
雷姫は何も言えなかった。
昨日まで。
何故この男が、人との距離を測るように接するのか。
何故いつも一歩引いているのか。
理解出来なかった。
今なら少しだけ分かる。
傷付かないためだった。
失わないためではない。
最初から期待しないためだった。
山は少しだけ頭を掻く。
「……まぁ、昔の話だ。」
そう言って笑う。
その笑顔は、どこか無理をしていた。
雷姫は深く聞かなかった。
聞けば、きっとこの男はまた笑って誤魔化す。
そんな気がしたからだった。
昼過ぎ。
二人は街道脇の大きな木陰で腰を下ろした。
山が水筒を差し出す。
「飲むか。」
雷姫は受け取り、小さく頷く。
「ありがとう。」
自然だった。
互いに礼を言うことも。
水を渡すことも。
昨日までより、ずっと自然になっていた。
雷姫は水筒を返しながら静かに山を見る。
(……そういうことだったのか。)
誰かを信用することが怖い。
だから人と距離を置く。
それでも仲間だけは守ろうとする。
矛盾しているようで、この男の中ではそれが当たり前なのだろう。
山も雷姫を見る。
(真面目な奴だ。)
戦うことしか知らない。
だから真っ直ぐだ。
だから嘘も下手だ。
昨日より。
今日の方が少しだけ。
互いのことを知ることが出来た。
それだけだった。
それだけなのに。
二人の距離は、昨日より少しだけ近付いていた。
(続く)
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