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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第10章 喪失編

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第99話 静かなる追跡

蒼鷹領。


鬼庭盛綱は、不機嫌そうに腕を組んでいた。


「……納得出来ませぬ。あと一歩でございました。あと一歩で山狐の首を討ち取れたのです。それでも撤退を命じられた理由を、お聞かせ願えますか。」


低く押し殺した声だった。


目の前では、鷹司景冬が静かに地図を見下ろしている。


鬼庭は一度だけ拳を握り締めた。


景冬はゆっくりと顔を上げる。


「黒曜が動いた。今は国境の備えを優先する。」


それだけだった。


鬼庭は歯を食いしばる。


「……山狐を逃したとしても、ですか。」


景冬は静かに鬼庭を見据えた。


「山狐一人より、蒼鷹という国を守る方が重要だ。」


部屋に沈黙が落ちる。


鬼庭は深く頭を下げた。


「……失礼致しました。ご命令とあらば従います。」


そう言って一礼し、部屋を後にした。


廊下へ出た瞬間、小さく舌打ちする。


「……次こそは。」


悔しさだけが胸に残っていた。



鬼庭が退室した後。


景冬は静かに蝶嶺忌那へ視線を向ける。


「忌那。」


蝶嶺は一歩前へ出た。


「は。」


「余計な動きはするな。今は国境警備が最優先だ。勝手な行動は許さん。」


蝶嶺は静かに頭を下げる。


「承知しております。命令には従います。」


景冬は小さく頷くと、そのまま部屋を後にした。


静寂が戻る。


蝶嶺はしばらく閉じられた扉を見つめていた。


やがて、小さく息を吐く。


「……失礼致します。」


部屋の隅で控えていた部下が静かに頭を下げる。


「ご命令を。」


蝶嶺は地図を広げた。


その指先が東へゆっくり滑る。


「山狐は生きています。毒でも、鬼庭殿でも仕留められませんでした。」


その声音に感情はない。


「なら、今度こそ終わらせます。」


部下は黙って耳を傾ける。


蝶嶺は東端を指差した。


「東へ向かった可能性が高いそうです。少数だけ出しなさい。これは私の独断です。決して目立たず、見つけたなら始末しなさい。」


「はっ。」


部下は一礼し、静かに部屋を後にした。


蝶嶺は一人残る。


窓の外を見つめ、小さく呟く。


「今度こそ……終わらせます。」



一方。


山と雷姫は、東へ向かう街道を歩いていた。


街道は穏やかだった。


遠くには青く広がる海が見え始めている。


潮の匂いが風に乗って流れてきた。


雷姫が足を止める。


「これが……海か。」


山も足を止めた。


「ああ。」


雷姫は静かに水平線を見つめる。


どこまでも続く青。


山々に囲まれた白蓮では、一度も見たことのない景色だった。


「広いな。」


その一言だけだった。


山は小さく笑う。


「俺も最初はそう思った。」


二人は並んで海を眺める。


しばらく誰も口を開かなかった。


やがて山が歩き出す。


「港町はもう近い。今日はそこで休もう。」


雷姫も静かに頷く。


「分かった。」


また二人は歩き始める。


穏やかな時間だった。


だが。


山は何度か後ろを振り返っていた。


雷姫が気付く。


「何か気になるか。」


山は苦笑する。


「情報屋に言われたことが頭から離れなくてな。」


「追手か。」


「ああ。もう来ないかもしれない。でも、来るかもしれない。」


雷姫は小さく頷いた。


「警戒するに越したことはない。」


その言葉に山も頷く。


二人は再び前だけを見て歩き続けた。



その頃。


山隊砦。


辺りは静まり返っていた。


あれほど激しかった戦いの痕跡だけが残っている。


壊れた外柵。


黒ずんだ地面。


吹き抜ける風。


だが。


砦の奥だけは違っていた。


薬草を煎じる匂いが静かに漂っている。


医療小屋。


志乃は眠る仲間たちの間を慌ただしく歩いていた。


額には汗が滲んでいる。


薬を替え。


熱を測り。


濡れ布を絞る。


その手は休まらない。


弥助。


鉄。


迅。


玄。


孫六。


誰一人として、まだ目を覚ましてはいない。


志乃は新しい薬を煎じながら、小さく息を吐いた。


「お願いだから……皆、生きて……。」


返事はない。


聞こえるのは薬鍋が静かに煮える音だけ。


それでも志乃は手を止めなかった。


山が帰って来る、その日まで。


自分だけは諦める訳にはいかなかった。


(続く)

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