第100話 違和感
東へ続く街道を、山と雷姫は並んで歩いていた。
潮風が頬を撫でる。
遠くには青い海が広がり、その先には港町らしき建物が小さく見え始めていた。
「もう少しか。」
山が小さく呟く。
雷姫も前方を見つめたまま頷いた。
「日が暮れる前には着けそうだな。」
二人は歩調を合わせながら街道を進む。
道中は穏やかだった。
旅人とすれ違い、荷馬車がゆっくりと追い越していく。
何事もない。
そう思えるほど静かな昼だった。
⸻
その頃。
少し離れた森の中。
木々の陰に数人の男たちが身を潜めていた。
蝶嶺忌那が放った追跡隊だった。
先頭の男が双眼鏡代わりの筒を覗き、小さく息を吐く。
「見つけた。」
「山狐だ。」
隣の男が身を乗り出す。
「隣は。」
「白蓮の雷姫。」
その名に、一瞬だけ空気が張り詰める。
「……厄介だな。」
「二人同時では仕掛けられん。」
先頭の男は静かに頷いた。
「蝶嶺様の命令を忘れるな。」
「目立たず追跡。」
「好機が来るまで待つ。」
全員が小さく頷いた。
決して焦らない。
決して姿を見せない。
山狐が一人になる、その瞬間だけを待ち続ける。
⸻
街道では、山と雷姫が歩き続けていた。
雷姫がふと口を開く。
「港町へ着いたらどうする。」
山は少し考える。
「まず宿だな。」
「情報屋が言ってた通りなら、しばらくは身を隠した方がいい。」
雷姫は静かに頷いた。
「私も異論はない。」
短いやり取り。
それだけで会話は終わる。
以前なら気まずかった沈黙も、今では自然だった。
互いに無理をして話す必要がない。
それだけ一緒にいる時間が増えていた。
⸻
やがて街道が森沿いへ差しかかる。
その瞬間だった。
山の足が止まる。
雷姫も立ち止まった。
「どうした。」
山は森を見つめたまま、小さく首を振る。
「……いや。」
少しだけ辺りを見回す。
風が止んでいた。
鳥の鳴き声も聞こえない。
静か過ぎる。
理由は説明出来ない。
何かを見た訳でもない。
誰かの姿があった訳でもない。
それでも胸の奥だけが、小さくざわついていた。
「何かあったのか。」
雷姫が尋ねる。
山は苦笑する。
「気のせいかもしれない。」
「でも。」
少しだけ考えて続けた。
「今日は急ごう。」
「港町へ着くまでは休まない。」
雷姫は理由を聞かなかった。
山がこういう時は、何かある。
それだけは、この数日で理解していた。
「分かった。」
二人は再び歩き始める。
⸻
森の奥。
追跡隊は、その様子を静かに見守っていた。
一人が小さく呟く。
「……勘付いたか。」
先頭の男は首を横へ振る。
「いや。」
「確信はしていない。」
「ただ違和感を覚えただけだ。」
少し間を置く。
「問題ない。」
「このまま追う。」
「一人になる時は必ず来る。」
男たちは再び音もなく歩き始めた。
一定の距離を保ちながら。
決して姿を見せず。
静かに。
獲物を追い続ける。
⸻
港町は、もう目の前まで迫っていた。
だが。
山たちはまだ知らない。
静かな旅路の終わりが、すぐそこまで近付いていることを。
(続く)
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