第96話 それぞれの行き先
朝。
東へ続く街道を、二人は並んで歩いていた。
昨日泊まった宿場町は、もう遠く後ろにある。
街道の両脇では、風に揺れる草が静かに波打っていた。
山は黙って前だけを見て歩いている。
雷姫も、その隣を静かに歩いていた。
以前ほど重苦しい空気ではない。
だが、決して軽くもない。
互いに何かを抱えたまま歩いていることだけは、二人とも分かっていた。
しばらく進んだ頃。
雷姫が小さく口を開く。
「山。」
山は足を止めずに答える。
「なんだ。」
雷姫は少しだけ視線を前へ向けたまま言った。
「話しておかなければならないことがある。」
山は黙って続きを待つ。
雷姫は小さく息を吸った。
「以前、お前には白蓮へ戻れないと言ったが、その理由までは話していなかった。」
少しだけ間が空く。
「宗明様は亡くなられた。」
山は静かに雷姫を見る。
雷姫は真っ直ぐ前を見たまま続けた。
「義信殿は、その犯人として疑われている。」
山の表情が僅かに動く。
「義信が……。」
「無論、私は信じていない。」
雷姫は即座に否定した。
「宗明様へ刃を向ける理由など無いが……白蓮はそうは見なかった。」
「義信殿は城を追われ、今も行方を追われている。」
山は何も言わない。
雷姫は静かな声で続けた。
「私も戻れば同じだ。副将を失い、多くの兵を失った。」
「白蓮へ戻れば責を問われる。最悪、この身を拘束されるだろう。」
風が二人の間を吹き抜けた。
「だから。」
「私はもう白蓮へ戻れない。」
山はゆっくりと頷く。
「そうか。」
それだけだった。
責めることも。
慰めることも。
何も言わない。
雷姫は少しだけ苦笑する。
「冷たい男だ。」
「慰めた方が良かったか。」
「いや。」
雷姫は首を振った。
「お前らしい。」
少しだけ空気が和らぐ。
やがて雷姫は真剣な表情へ戻った。
「私は白蓮を取り戻したい。」
その声には迷いが無かった。
「宗明様が守ろうとした国だ。我らが帰る場所でもある。」
「私は、それを失いたくない。」
山は静かに聞いていた。
「だから。」
雷姫は山を見る。
「お前の力を借りたい。」
真っ直ぐな言葉だった。
山はしばらく黙って歩き続ける。
足音だけが街道へ響く。
やがて、小さく口を開いた。
「……悪い。」
雷姫は何も言わない。
「今の俺には無理だ。」
その声は静かだった。
「皆を守れなかった俺が、誰かの国を守るなんて考えられない。」
雷姫はゆっくり頷いた。
「そう答えると思っていた。」
山が少し驚く。
「なら何故聞いた。」
雷姫は前を向いたまま微笑んだ。
「諦めるためではない。」
「お前が今、どこに立っているのかを確認したかっただけだ。」
山は返す言葉を失う。
雷姫は続けた。
「安心しろ。今すぐ答えを求めるつもりはない。」
「お前が前を向ける日まで私は待つ。」
山は困ったように笑う。
「待つって言われてもな。」
「私は急ぐ理由も無くなった。」
雷姫は肩を竦めた。
「白蓮へ戻れず、蒼鷹へ行く理由もない。」
「結局、お前以外に行く当てが無い。」
山は苦笑した。
「それは責任重大だな。」
「勘違いするな。」
雷姫は少しだけ頬を背ける。
「お前と旅がしたい訳ではない。」
「……そうか。」
「ただ。」
雷姫は少しだけ言葉を選ぶ。
「今のお前を、一人で歩かせるのは危ういから付いているだけだ。」
山は思わず笑った。
「世話焼きだな。」
雷姫は小さく鼻を鳴らす。
「違う、ただの興味だ。戦えないと言いながら、何故そこまで人を守ろうとするのか。」
「私はまだ、それを理解していない。」
山は前を向く。
「俺も分からない。体が勝手に動いただけだからな。」
雷姫は小さく笑った。
「変な男だ。」
「よく言われる。」
短いやり取りだった。
それだけなのに。
昨日までより少しだけ肩の力が抜けていた。
二人は再び並んで歩き出す。
目的は違う。
進む理由も違う。
それでも今だけは、同じ道を歩いていた。
東へ続く街道の先には、まだ見ぬ景色が広がっている。
その先で何を失い、何を得るのか。
二人はまだ知らなかった。
(続く)
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