第95話 旅路
東へ続く街道を、二人は並んで歩いていた。
昨日までとは違う。
相変わらず会話は少ない。
それでも、沈黙はもう苦ではなかった。
街道脇には秋草が揺れ、時折旅人とすれ違う。
山は黙って歩き続ける。
雷姫も、その半歩後ろを静かについて行った。
やがて小さな宿場町が見えてくる。
「今日はここで休むか。」
山が小さく呟いた。
雷姫は頷く。
「異論はない。」
二人は宿屋の暖簾をくぐった。
帳場に座っていた店主が顔を上げる。
「お、いらっしゃい。」
山は頭を下げた。
「一泊、お願い出来ますか。」
店主は二人を見比べる。
そして何の迷いもなく言った。
「夫婦で一部屋だな?」
「違う。」
「違う。」
二人の声が綺麗に重なった。
店主は一瞬きょとんとした後、大笑いした。
「はははっ!」
「息ぴったりじゃねぇか!」
山は思わず視線を逸らす。
雷姫も少しだけ眉をひそめた。
「そういう関係ではない。」
真顔で言う。
店主は笑いながら肩を竦めた。
「分かった分かった。」
「じゃあ一部屋でいいな?」
山は財布を取り出しかけて止まる。
情報屋に奢ってもらったとはいえ、残っている金はほとんど無い。
雷姫が小さく口を開いた。
「別々では駄目か。」
店主は首を振る。
「今日は旅人が多くてな。」
「空いてるのは一部屋だけだ。」
山は少し考えた後、小さく息を吐く。
「……分かりました。」
店主は満足そうに鍵を渡した。
「飯は後で持ってくからな。」
二人は部屋へ入る。
小さな畳敷きの部屋には、布団が二組並べられていた。
山は荷を下ろすと、入口に近い方の布団へ目を向ける。
「俺はこっちでいい。」
雷姫が首を傾げる。
「何故そちらだ。」
山は少し言いにくそうに頭を掻いた。
「女を入口側へ寝かせる訳にはいかないだろ。」
雷姫はしばらく山を見つめる。
「私は気にしない。」
「布団は二組ある。」
「何が問題なんだ。」
「……いや。」
山は苦笑した。
「俺が気になる。」
「私は気にならん。」
「でも俺が。」
雷姫は小さく息を吐く。
「……妙なところで頑固だな。」
「そっちも。」
互いに少しだけ笑う。
「分かった。」
「好きにしろ。」
山は入口側。
雷姫は奥側の布団へ荷物を置いた。
夕食は質素だった。
焼き魚と味噌汁。
漬物。
旅籠らしい献立。
二人は向かい合って食べる。
店主が湯呑みを置きながら笑った。
「仲良く食えよ。」
「だから違う。」
また声が重なる。
店主は腹を抱えて笑いながら部屋を出て行った。
食事が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
山は壁へ背を預ける。
疲れが一気に押し寄せる。
雷姫は静かに窓を開けた。
夜風が部屋へ流れ込む。
虫の音が聞こえる。
山は目を閉じた。
眠るつもりは無かった。
だが身体は正直だった。
気付けば静かな寝息が聞こえてくる。
雷姫は振り返る。
もう眠っていた。
あれほど深い傷を負い。
仲間を失い。
それでも、人前では決して弱音を吐かなかった男。
その寝顔だけは、不思議なくらい無防備だった。
雷姫はしばらく見つめる。
(……変な男だ。)
戦えないと言いながら誰より前へ出る。
敵だった自分を疑いながらも見捨てない。
礼儀正しいかと思えば、妙なところで頑固。
理解出来ない。
理解出来ないはずなのに。
目が離せない。
(違う。)
(これは興味だ。)
そう自分へ言い聞かせる。
恋などではない。
ただ、この男が何者なのか。
それを知りたいだけだ。
雷姫は窓の外へ視線を向けた。
夜空には静かに星が瞬いている。
その頃。
眠っているはずの山も、浅い眠りの中でぼんやりと考えていた。
(……変な奴だ。)
敵だった。
雷姫は間違いなく敵だった。
それなのに。
今はこうして隣にいる。
義信が託した言葉。
焚き火の前で掛けられた言葉。
どれも頭から離れない。
(違う。)
(別に特別じゃない。)
(ただ、一緒にいるだけだ。)
そう思いながら。
山は再び静かな眠りへ落ちていった。
まだ二人とも知らない。
この穏やかな時間が。
二度と戻らないほど、大切な日々になっていくことを。
(続く)
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