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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第10章 喪失編

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第91話 失ったもの

森の中を歩いていた。


どこへ向かっているのか、自分でも分からない。


ただ足だけが止まらなかった。


落ち葉を踏む音だけが、静かな森へ小さく響いていく。


空は高く、風は穏やかだった。


まるで何事もなかったかのような景色だった。


その穏やかさが、今の山には耐え難かった。


瞼を閉じるたび、仲間たちの笑顔が浮かぶ。


焚き火を囲んで笑い合った夜も、泥だらけになって砦を作った日々も、酒を片手に馬鹿話をしていた時間も、昨日のことのようだった。


「終わらねぇ!」


そう叫んで皆が笑った日のことまで、鮮明に思い出せる。


あの場所には確かに皆がいた。


笑っていた。


生きていた。


それなのに。


最後に見たのは、動かない身体ばかりだった。


名前を呼んでも返事はない。


肩を揺すっても目を開けない。


守れなかった。


助けられなかった。


自分だけが、生き残ってしまった。


歩くたびに胸の奥が軋む。


あの時。


情報屋のところへ寄らなければ。


もっと早く煙へ気付いていれば。


砦へ戻るのが、あと少しでも早ければ。


そんな後悔ばかりが浮かんでは消え、また浮かぶ。


答えなどあるはずもない。


どれだけ悔やんでも。


どれだけ願っても。


失ったものは戻らない。


山は小さな沢の前で足を止めた。


水面へ映った自分の姿は、ひどく見窄らしかった。


泥に汚れた衣服。


乾き始めた血。


焦点の合わない目。


それは、もう自分の知っている自分ではなかった。


ゆっくりと木へ背を預ける。


全身から力が抜け、その場へ座り込んだ。


もう歩きたくなかった。


もう考えたくもなかった。


それでも頭の中には、皆の笑顔だけが浮かんでくる。


最後まで誰一人、自分を責めなかった。


「生きろ」


そう言って送り出してくれた。


だからこそ苦しかった。


皆の願いに応えてしまった。


皆を置いて、自分だけが生き残ってしまった。


風が静かに木々を揺らす。


葉擦れの音だけが、誰もいなくなった世界を包み込んでいた。



白蓮軍は崩れた。


整然と並んでいた軍勢は散り散りとなり、今ではその面影さえ残っていない。


雷姫は一人、馬を走らせていた。


背後を振り返ることはしない。


振り返れば、置いてきた者たちの姿しか見えないと分かっていた。


副将。


最後まで自分を逃がそうとしてくれた部下たち。


皆、戦場へ残してきた。


唇を強く噛み締める。


胸の奥では何度も同じ言葉だけが繰り返される。


(すまない……)


だが、生き延びろと言ったのは彼らだった。


その想いだけは無駄に出来ない。


だから前だけを見る。


鎧は土と血で汚れ、腕には浅くない傷が残っていた。


馬も疲れ切っている。


それでも歩みを止めなかった。


白蓮へ戻ることは出来ない。


街道は既に黒曜軍が押さえているはずだ。


戻れば捕らえられるか、討たれるか。


どちらにせよ終わりだった。


だから今、雷姫が向かう先は一つしかない。


山隊砦。


少人数で蒼鷹軍を退けた、不思議な場所。


そして。


そこには、あの男がいる。


戦えないと言いながら、誰よりも前へ立ち、誰よりも仲間を守ろうとしていた男。


雷姫は小さく息を吐いた。


(あの者なら……)


根拠などない。


助けてくれる保証もない。


それでも今、希望と呼べるものがあるとすれば、そこしか思い浮かばなかった。


木々の間を縫うように馬を進める。


森は静かだった。


鳥の鳴き声だけが遠くから聞こえてくる。


やがて前方に、一人の人影が見えた。


木へ背を預けるように座り込んでいる。


最初は、力尽きた旅人かと思った。


だが近付くにつれ、その姿が少しずつ鮮明になっていく。


泥に汚れた衣服。


乾いた血。


そして。


見覚えのある黒い布。


雷姫は思わず手綱を引いた。


馬が静かに足を止める。


そんなはずはない。


あの男は砦にいるはずだった。


ゆっくりと馬を降りる。


恐る恐る歩み寄る。


木にもたれた男は、俯いたまま微動だにしない。


雷姫は、その顔を覗き込んだ。


そして息を呑む。


「……山殿?」


(続く)

読んでいただきありがとうございます。

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