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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感だけで成り上がる転生戦国記  作者: 黒狐
第10章 喪失編

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第90話 戦えない俺は見捨てて生き残る

山は森を駆けていた。


情報屋から聞いた話は、胸の奥に小さな棘のように残っている。


(考えすぎならいい)


そう何度も自分へ言い聞かせながら、足だけは自然と速くなっていた。


その時だった。


ふと視界の先。


木々の隙間から、黒い煙が立ち昇るのが見えた。


「……っ!」


山の表情が変わる。


あれは。


山隊砦の方角だった。


鼓動が一気に速くなる。


「まさか……!」


山は全力で駆け出した。


⸻


やがて。


砦が見えた。


門は開いたまま。


外柵の一部は焼け崩れ、黒煙だけが静かに空へ昇っている。


だが――


静かだった。


あまりにも静かだった。


「……迅?」


静寂だけが返ってきた。


「弥助!」


声だけが虚しく響く。


山は砦へ飛び込んだ。


そこに広がっていたのは。


倒れ伏す仲間たちだった。


弥助。


鉄。


迅の部下たち。


誰もが地面へ倒れたまま動かない。


「おい……」


山は弥助の肩を揺する。


「弥助」


返事はない。


鉄の身体を揺する。


「鉄!」


動かない。


「起きろ……」


声が震える。


「ふざけるな……」


返事は返ってこない。


静寂だけが広がっていた。


山の呼吸が乱れる。


何が起きた。


敵か。


病か。


分からない。


頭の中が真っ白になる。


その時だった。


刀がぶつかり合う音が響く。


「ガキィィィン!!」


その音を追って駆け抜けた先で。


山は息を呑んだ。


蒼鷹兵が何十人と押し寄せる戦場。


その中央で。


玄が鬼庭盛綱と刃を交えていた。


周囲には倒れた山隊の仲間たち。


まだ息のある者もいる。


だが。


一人、また一人と斬られていく。


「玄ーーっ!!!!」


山の叫びが響いた。


玄が一瞬だけ振り向く。


「……山か!」


鬼庭の刃を受け流しながら叫ぶ。


「玄!!」


「何があった!!」


玄は兵を斬り伏せながら短く答えた。


「新八だ!!」


「あいつが毒を回して蒼鷹を招き入れた!!」


山の思考が止まる。


「……っ」


「そ……そんな……」


鬼庭が豪快に笑う。


「余所見とは余裕じゃねぇか!!」


重い一撃。


玄が受け止める。


だが。


周囲の兵が次々と襲い掛かる。


完全な多勢に無勢だった。


玄は叫ぶ。


「山!!」


「お前だけでも逃げろ!!」


「何言ってんだ!!」


山も叫び返す。


「そんなこと出来るわけがないだろ!!」


玄は鬼庭を睨んだまま言い返す。


「ここでお前まで死んだら全部終わる!!」


「俺たちの意思を後へ繋げられるのは……」


「もうお前しかいない!!」


山の足が止まる。


玄はそれを見て歯を食いしばった。


「迷ってる時間はねぇ!!」


「急げ!!」


山は涙を浮かべる。


「っくそ……!」


「玄!!」


「絶対に……絶対に死ぬな!!」


山が走り出そうとした、その瞬間だった。


鬼庭の刃が横薙ぎに走る。


「甘ぇんだよ!!」


ズバァッ――!!


玄の脇腹が深く裂かれた。


「ぐっ……!」


「玄!?」


思わず山が振り返る。


玄は血を吐きながらも刀を構え直した。


そして。


山だけを見た。


「……振り返るな」


山の目が大きく開く。


玄は小さく笑う。


「お前は……前だけ見ていればいい」


「後ろは」


「俺たちが引き受ける」


山の頬を涙が伝う。


「玄……」


玄は再び鬼庭へ向き直る。


「行け」


「俺たちを無駄にするな」


その瞬間。


玄を取り囲んでいた蒼鷹兵が山へ向かって駆け出した。


「逃がすな!!」


玄が飛び込む。


「行かせるか!!」


ズバァッ!!


追っ手を一人。


さらにもう一人。


斬り伏せる。


鬼庭が口角を吊り上げた。


「隙だ」


ドッ!!


鬼庭の刃が玄の肩口を深く裂く。


それでも玄は止まらない。


山へ向かう兵だけを狙って刀を振るう。


「お前は……もう死んどけ」


最後の一人を斬り捨てた、その瞬間。


鬼庭の刀が玄の背を貫いた。


ズバァッ――!!


玄の身体が崩れる。


それでも。


最後まで山の方だけを見て叫んだ。


「走れぇぇぇぇぇっ!!!」


山は歯を食いしばる。


涙で前が見えない。


それでも。


走るしかなかった。


山は走る。


自分でも分かる。


今、どんな顔をしているのか。


涙で前は滲み。


呼吸は乱れ。


胸は潰れそうだった。


もう少し。


あと少しで砦を抜けられる。


その時だった。


前方へ、一人の女が立っていた。


黒い装束。


細身の体。


穏やかな笑みを浮かべたまま、逃げ道を塞いでいる。


「初めまして、山狐さん」


鈴を転がすような声だった。


「塚原様を討ち取ったそうですが……案外、大したことないんですね」


山は息を呑む。


女は小さく一礼した。


「私は蝶嶺忌那と申します」


「……ですが、その名は覚えなくて結構ですよ」


口元の笑みは変わらない。


「これから死ぬ人には、必要ありませんから」


「……ッ」


背後では怒号が近付いてくる。


急がなければ追い付かれる。


山は震える手で、なまくら刀を抜いた。


蝶嶺は小さく笑う。


「その刀で戦うつもりですか?」


山の手は震えていた。


怖い。


死ぬ。


それだけじゃない。


人を斬る。


自分には、それが出来るのか。


(……駄目だ)


(正面からやれば死ぬ)


山は歯を食いしばる。


次の瞬間。


蝶嶺の横を抜けるように、一気に駆け出した。


「あら」


蝶嶺は肩を竦める。


「お猿さんみたいですね」


山は抜けた――


そう思った。


だが。


次の瞬間には。


蝶嶺が目の前に立っていた。


刀が高く振り上げられる。


(駄目だ)


(死ぬ)


ガンッ!!


激しい金属音が響いた。


蝶嶺の刀が、大きく弾かれる。


「……!?」


蝶嶺が初めて目を見開く。


一本の矢。


その一撃で、蝶嶺の刀は弾かれていた。


山も振り返る。


孫六だった。


毒でまともに立つことすら出来ないはずなのに、それでも壁へ身体を預けながら長弓だけは握り締めていた。


孫六は苦笑した。


「旦那……」


「死んじゃ駄目っすよ」


山の目が揺れる。


孫六は少しだけ空を見上げた。


「……案外」


「ここの生活、悪くなかったっす」


そう呟くと。


力が抜けるように、その場へ崩れ落ちた。


「孫六ーーーッ!!」


山の叫びが響く。


蝶嶺は舌打ちした。


「……ちっ」


「死に損ないが」


すぐに後ろへ命じる。


「逃がすんじゃないよ!」


「追え!!」


蒼鷹兵たちが、一斉に山へ向かって駆け出した。


山は涙で滲む視界のまま、再び走り出した。


山は走る。


もう足音はすぐ後ろまで迫っていた。


(追い付かれる……!)


その時だった。


前方から、一つの人影が飛び出してくる。


「……!」


新八だった。


山の目が見開かれる。


「お前ぇぇぇぇっ!!」


怒りが喉を裂く。


裏切られた。


仲間を。


砦を。


全部失った。


その怒りをぶつけるように叫ぶ。


だが、新八はそのまま山の横を駆け抜けると、追って来る蒼鷹兵たちの前へ立ちはだかった。


震える足。


それでも、一歩も退かない。


「山さん!! 行ってください!!」


山が思わず足を止める。


「……!?」


新八は背中を向けたまま叫ぶ。


「ごめんなさい……! 本当にごめんなさい……! 俺、もうどうしたらいいのか分からなくて……取り返しのつかないことをしてしまいました! 


謝って済むことじゃないって分かってます! 

でも……もう俺には、これしか出来ないんです!!」


山は何も言えなかった。


怒りも。


悲しみも。


悔しさも。


全部が胸の中で渦を巻き、言葉にならない。


新八は最後にもう一度だけ叫ぶ。


「だから……山さんだけは、生きてください!!」


背後では無数の足音が迫る。


もう時間はない。


山は唇を噛み締めた。


「……新八」


その名を呼ぶことしか出来なかった。


礼も。


許すという言葉も。


何一つ言えない。


山は再び走り出す。


一度も振り返らずに。


⸻


その直後。


蝶嶺忌那を先頭にした蒼鷹軍が追い付く。


蝶嶺は新八を見ると、小さくため息を吐いた。


「どきな。もう、あんたの役目は終わりだよ」


新八は震えながら首を横へ振る。


「……行かせない」


蝶嶺は呆れたように笑う。


「ほんと馬鹿な男だね。せっかく山狐どもを潰すきっかけを作ったんだ。お前だけは見逃してやろうと思ってたのに」


新八は震える足で立ち続ける。


「俺はぁぁぁっ!!」


蝶嶺は興味を失ったように部下へ視線を送った。


「あー、五月蝿いね」


「やりな」


その一言だった。


複数の兵が一斉に槍を突き出す。


ズブッ。


ズブッ。


ズブッ。


新八の身体が何度も貫かれる。


血が溢れる。


膝が震える。


それでも倒れない。


(母ちゃん……)


幼い頃。


畑で転んだ自分を抱き起こしてくれた。


「新八」


「痛かったねぇ」


笑いながら頭を撫でてくれた。


あの温かい手。


(ごめん)


(守りたかったのに)


(俺……何も守れなかった)


涙が一筋、頬を伝う。


それでも。


新八は最後まで、遠ざかっていく山の背中だけを見つめていた。


震える唇が、最後の言葉を紡ぐ。


「……い……」


「……いがせ……な……」


最後まで言い切ることは出来なかった。


新八の身体が、その場へ崩れ落ちる。


蝶嶺はそれを一瞥すると、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「ちっ……まぁいい」


「十分な成果だ」


そう呟き、踵を返した。


山は振り返らなかった。


振り返れば。


もう二度と。


前へは進めない。


仲間を。


居場所を。


全てを見捨てて。


山は、生き残った。


誰よりも望まなかった形で。


誰よりも嫌だった形で。


それでも。


生きるために。


ただ、生きるためだけに。


山は走り続けた。


泣くことも。


立ち止まることも許されないまま。


そして――


戦えない俺は、見捨てて生き残る。


(続く)

読んでいただきありがとうございます。

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