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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第10章 喪失編

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第85話 託された道

夜の森を、二つの影が駆け抜けていた。


燃え盛る白蓮城は、すでに遠く背後にある。


それでも、赤く染まる夜空だけは、どこまでも二人を追い掛けてきた。


雷姫は何度も振り返る。


「……皆は」


その一言に、榊原景親は前だけを見据えたまま静かに答えた。


「今は振り返る時ではございません。雷姫様が生き延びることこそ、皆の願いなのです」


雷姫は唇を噛み、再び前を向く。


走るしかない。


生き延びるしかない。


そう頭では分かっていても、城へ残してきた者たちの顔が脳裏を離れなかった。



どれほど走っただろうか。


森へ入って間もなく、榊原が足を止めた。


「……来ます」


耳を澄ませる。


静かな森の奥から、木々を踏み分ける音が近付いてくる。


一つや二つではない。


雷姫も刀へ手を掛けた。


「追手か」


「はい」


榊原は頷く。


次の瞬間、闇の中から兵たちが姿を現した。


「いたぞ! 雷姫を逃がすな!」


六道幻庵が差し向けた兵たちだった。


榊原は静かに雷姫の前へ出る。

「雷姫様、ここは私が引き受けます」


雷姫はすぐに首を振った。

「何を言う。景親を置いてなど行けるものか」


榊原は困ったように笑う。

「だからあなたは真っ直ぐ過ぎるのです」


その笑顔が、宗明と重なった。


雷姫は思わず言葉を失う。


榊原は刀を抜き、静かに構えた。


「副将・榊原景親としてではなく、宗明様よりあなたを託された一人の男として申し上げます。


どうか生きてください。

そして白蓮を取り戻してください」


雷姫は拳を強く握る。


「景親……」


「あなたが立ち止まれば、私の死は無駄になります」


兵たちが一斉に駆け出した。


榊原は雷姫へ背を向けたまま叫ぶ。


「どうか、お進みください!」


その声だけで十分だった。


雷姫は静かに目を閉じ、小さく頷く。


「……必ず戻る。白蓮を取り戻し、お前を迎えに来る」


榊原は笑った。


「そのお言葉だけで十分です」


雷姫は踵を返す。


もう振り返らない。


振り返れば、足が止まる。


それだけは許されなかった。


背後から激しい金属音が響く。


「ガキィン!」


怒号。


悲鳴。


そして――


「雷姫様ァァァ!!」


榊原の叫びだけが、夜の森へ長く響いた。


その後、戦う音は少しずつ遠ざかり、やがて静寂だけが残った。



夜が明ける頃。


雷姫はようやく足を止めた。


追手の気配は、もう無い。


静かな森だった。


ゆっくりと振り返る。


そこには誰もいない。


「……景親」


返事は無かった。


雷姫は拳を強く握る。


爪が掌へ食い込むほど力を込める。


それでも涙は流さない。


流してはいけないと思った。


景親は命と引き換えに、自分を生かした。


立ち止まれば、あの男の覚悟を裏切ることになる。


雷姫は静かに息を吸った。


「必ず……白蓮を取り戻す」


その言葉だけを胸に、再び歩き始めた。



昼過ぎ。


街道を避けながら山道を進んでいると、前方から一人の男が歩いて来る。


男も雷姫へ気付き、足を止めた。


「……雷姫殿?」


雷姫も目を見開く。


「義信?」


互いに歩み寄る。


義信は雷姫の姿を見るなり表情を曇らせた。

「そのお姿は……」


雷姫は昨夜の出来事を静かに語った。


六道たちが自分までも始末しようとしていたこと。


榊原が密談を聞き、命懸けで城から逃がしてくれたこと。


そして今、その榊原が追手を引き受けていること――。


話し終える頃には、義信は静かに目を閉じていた。

「そうでしたか……」


しばらく沈黙が流れる。


やがて義信は思い出したように顔を上げた。

「そうだ。山殿から伝言を預かっています」


雷姫は少し驚く。

「山が?」


義信は穏やかに笑った。

「雷姫殿によろしく、と」


その一言に、雷姫の口元がほんの少しだけ緩む。


「……そうか」


短い言葉だった。


だが、その表情は榊原を失ってから初めて見せる穏やかなものだった。


義信はそのまま地面へしゃがみ込み、小枝で簡単な地図を描く。


「山殿の砦はここです。この沢沿いを北へ進めば深い森へ入ります。

外からは見えませんが、そのまま奥へ進めば見張りがいます」


雷姫は地図へ目を落とした。

「義信はどうする」


「私は南へ向かいます。羌族の協力を得て、白蓮を取り戻すために動きます」


雷姫は静かに頷いた。

「私は山殿を頼る。あの者なら……きっと力を貸してくれる」


義信も穏やかに笑った。

「それが良いでしょう。山殿なら、きっと雷姫殿を見捨てたりはなさいません」


二人は静かに顔を見合わせる。


「互いに、生きてまた会おう」


「はい」


深く一礼を交わし、それぞれ歩き出す。


義信は南へ。


雷姫は山隊砦へ。


互いに託された道を、一歩ずつ進み始めるのだった。


(続く)

読んでいただきありがとうございます。

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