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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感だけで成り上がる転生戦国記  作者: 黒狐
第10章 喪失編

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第84話 雷姫逃亡

――燃えていた。


夜空を焦がす紅蓮の炎。


白蓮城の一角が、業火に包まれている。


「雷姫様、こちらです!」

榊原景親が叫ぶ。


煙が廊下を覆い、熱気が肌を焼く。


炎は柱を舐め、天井から火の粉が降り注いでいた。


雷姫は足を止め、燃え盛る城を振り返る。

「待て。まだ城には兵たちが残っている!」


「今はご無事でいることが先です! どうか、お急ぎ下さい!」


榊原がそう叫んだ直後、崩れ落ちた梁が二人の背後へ激しく落下した。


轟音が夜を震わせる。


――時は少し前に遡る。


⸻


その夜。


榊原景親は城内の見回りを終えようとしていた。


宗明亡き後の白蓮城は、どこか張り詰めた空気に包まれている。


兵たちも必要以上に口数が少なく、廊下には重苦しい静寂だけが流れていた。


その時だった。


奥の一室から、小さな話し声が聞こえてくる。


聞くつもりはなかった。


だが、聞こえてきた名に榊原の足が止まった。


「義信は取り逃がしましたが、雷姫だけでも逃すわけにはいきませんね」

六道幻庵の声だった。


別の男が低く笑う。

「宗明派を残しておく理由はありません。頃合いを見て始末しましょう」


「火でも放てば事故で済みますので誰も疑いますまい」


部屋の中から笑い声が漏れる。


榊原は拳を強く握り締めた。


(……本気か)


雷姫様まで消すつもりなのか。


榊原は踵を返すと、そのまま雷姫のいる離れへ走った。


⸻


雷姫は静かに書物へ目を落としていた。


突然開いた障子に視線を向ける。


「景親? 何事だ」


榊原は息を整える暇もなく頭を下げた。

「雷姫様、今すぐここをお離れ下さい」


雷姫は眉をひそめる。

「何を言っている。理由を言え」


榊原は密談で聞いたことをすべて話した。


六道。


強硬派。


そして、自分を狙う計画。


話を聞き終えた雷姫は静かに目を閉じる。


だが、その返事は変わらなかった。


「私は逃げぬ」


「雷姫様!」


榊原が思わず声を荒らげる。


雷姫は真っ直ぐ榊原を見つめ返した。

「私は白蓮四天王だ。ここで城を出れば本当に謀反人となってしまう。それでは宗明様へ顔向けできぬ」


榊原は一歩前へ出る。

「だからこそ生きて頂かなければなりません! 今ここで命を落とせば、本当に白蓮は終わってしまいます!」


雷姫は静かに首を振った。

「ならば戦う。私は逃げるために剣を握った訳ではない」


榊原は深く息を吸う。


そして静かに口を開いた。


「宗明様は、生前こう仰いました」


あの日の光景が脳裏に蘇る。


⸻


「景親。雷姫は真っ直ぐ過ぎるところがある。一度こうと決めたら、なかなか考えを曲げぬからな」


宗明は穏やかに笑っていた。


「だからこそ、そちが支えてやってくれ。止まるべき時は止め、進むべき時は迷わず背中を押す。それがお前にしか出来ぬ役目だ」


少しだけ空を見上げる。


「……雷姫を頼んだぞ」


⸻


榊原は真っ直ぐ雷姫を見つめた。


「私は宗明様より、あなたを託されました。どうか、生きて下さい」


雷姫は唇を噛む。


それでも首を縦には振らなかった。


⸻


その瞬間だった。


「火だぁ!!」


城内へ悲鳴が響く。


焦げ臭い匂いが一気に流れ込んできた。


榊原が障子を開く。


次の瞬間、炎が視界いっぱいに広がった。


「……!」


離れを囲むように火が回っている。


廊下も。


庭も。


逃げ道までも。


すべて炎が塞いでいた。


雷姫も息を呑む。


「これは……」


榊原は燃え上がる建物を見据えた。


「最初から、我らを逃がさぬつもりだったのでしょう」


雷姫は炎を見つめたまま、ゆっくりと目を閉じる。


やがて小さく頷いた。


「……分かった。生きよう。そして、生きて白蓮を取り戻す」


榊原は安堵したように息を吐く。


「そのお言葉を、お待ちしておりました」


その直後、柱が音を立てて崩れ落ちる。


「参ります!」


榊原は雷姫を先へ促し、燃え盛る廊下へ飛び出した。


こうして。


白蓮四天王・雷姫は、自らの国を追われる謀反人となった。


(続く)

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