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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感だけで成り上がる転生戦国記  作者: 黒狐
第9章 金剛の遺志

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第82話 決意

朝。


砦では、今日も穏やかな時間が流れていた。


「おい、新八」


鉄が大きく手を振る。

「その桶、こっちへ運んでくれ」


「はい」

新八は笑顔で返事をすると、水桶を抱えて歩き出した。


「重かったら言えよ」

弥助が声を掛ける。

「無理してまた寝込まれたら困るからな」


「ありがとうございます。でも、このくらいなら大丈夫です」


迅も笑う。

「最初に比べたら顔色も良くなったな」


新八は照れくさそうに頭を下げた。

「皆さんのおかげです」


その様子を、義信は少し離れた場所から見つめていた。


新八は自然と山隊の輪へ溶け込み始めている。


皆も、ごく当たり前のように受け入れていた。


それでも――


(……やはり)


胸の奥に残る違和感だけは消えない。


理由は分からない。

証拠もない。


ただ、何かが引っ掛かる。


(私の思い過ごしなら、それでいいのだが……)


義信は静かに目を伏せた。


⸻


昼過ぎ。


山は外濠の水を眺めながら補修箇所を確認していた。


そこへ義信が歩いてくる。


「山殿」


山が振り返る。


「どうした」


「少し、お話ししたいことがあります」


「ああ」


山は頷き、義信と並んで歩き出した。


二人は砦の外れまで来ると、静かに足を止める。


しばらく風の音だけが流れた。


やがて義信が口を開く。

「昨夜のお話を聞いてから、ずっと考えていました」


山は何も言わず耳を傾ける。


「山殿は毎日、皆が安心して暮らせる場所を少しずつ築いておられます」

「誰かのために動くことを当たり前のように続けている」


「その姿を見ているうちに、ようやく気付いたのです」


義信は静かに息を吸う。


「私は、逃げていました」

「失ったものばかりを見て、前へ進むことを諦めていたのだと」


山は義信の横顔を見つめる。


「ですが、もう逃げるのはやめます」


「私にも、戻らなければならない場所があります」

「果たさなければならない役目があります」


その声に迷いはなかった。


山は穏やかに笑う。

「そうか」


短い返事だった。


義信は少し笑う。

「止めないのですね」


「止めたところで、お前の気持ちは変わらないだろ」


山は苦笑する。

「だったら、自分で決めた道を応援する方がいい」


義信は思わず笑みを浮かべた。

「山殿らしいですね」


「そうか?」


「ええ」


義信は静かに頷く。

「山殿と出会わなければ、この決心は出来ませんでした」


山は少し照れくさそうに頭を掻いた。

「俺は何もしてないさ」


「いいえ」


義信は首を横に振る。

「山殿は言葉だけではなく、生き方で教えてくださいました」


「誰かを守るとはどういうことなのか」

「居場所を作るとはどういうことなのか」


山は少しだけ目を細めた。

「大したことじゃないよ」

「俺は俺に出来ることをやってるだけだ」


「それでも」


義信は穏やかに笑った。

「私には十分過ぎるほど伝わりました」


静かな風が吹き抜ける。


外濠の水面が、小さく揺れた。


⸻


夕方。


砦では夕食の支度が始まっていた。


新八も志乃に頼まれ、薬草を干す手伝いをしている。

「そのまま日に当て過ぎると駄目だからね」


「はい」


志乃の説明を真剣に聞きながら、新八は丁寧に薬草を並べていく。


その様子を見て、鉄が笑った。

「すっかり働き者になったな」


「少しでも恩返しがしたいので」


「そんな焦らなくてもいいんだぞ」

弥助が笑う。

「ここじゃ誰も、お前に借りを返せなんて言わねぇ」


新八は少し驚いたように皆を見回した。


そして小さく笑う。


「……ありがとうございます」


その笑顔は、昨日よりも自然だった。


⸻


夜。


義信は一人、自室代わりの小屋で荷物をまとめていた。


持ち物は多くない。


刀と、着替え、それだけだった。


荷を見つめながら、小さく息を吐く。


(もう迷わない)


(自分のやるべきことを果たそう)


明日。


この砦を発つ。


その決意だけが、静かに胸の中で固まっていた。


(続く)

読んでいただきありがとうございます。

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