第81話 支えられて
夜。
砦は静かだった。
焚き火の火も小さくなり、聞こえてくるのは虫の声と、見張りが歩く足音だけ。
義信は眠れず、一人で砦の中を歩いていた。
ふと見上げると、外柵の上に人影が見える。
山だった。
一人で夜の見張りをしている。
義信はゆっくりと近付き、隣へ腰を下ろした。
「まだ起きておられたのですか」
山は夜空を見上げたまま笑う。
「なんとなく寝付けなくてさ」
義信もつられて空を見上げる。
星が静かに瞬いていた。
しばらく二人とも何も話さない。
心地よい沈黙だった。
⸻
やがて義信が静かに口を開く。
「山殿、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「以前から気になっていました」
義信は少しだけ言葉を選ぶ。
「何故、そこまで他人を助けようとなさるのです」
山は少しだけ笑った。
「難しいこと聞くな」
「申し訳ありません」
「いや」
山は首を振る。
「義信だから話せることもある」
その言葉に、義信は山の横顔を見つめた。
山はしばらく夜空を眺めたまま、小さく息を吐く。
「俺さ」
「最初は本当に一人だったんだ」
静かな声だった。
「気付いた時には知らない場所にいて、何も分からないまま戦に巻き込まれた」
「逃げることも出来なくて、捕まって、そのまま前線に送られた」
義信は黙って聞いている。
山は少し苦笑した。
「剣なんか握ったこともなかったし、人なんて斬れるわけもない」
「毎日、生きるだけで精一杯だったよ」
少しだけ間が空く。
「……でもさ」
「それだけじゃなかった」
山は自嘲するように笑った。
「元々、誰かと親しくなるのも苦手だったんだ」
「どうせ最後は離れていくって、どこかで思ってたから」
義信はゆっくりと山を見る。
その言葉には、不思議な重みがあった。
「だから最初は、弥助たちとも距離を置くつもりだった」
「助けても、その場限りで終わると思ってたしな」
山は少しだけ肩を竦める。
「でも、あいつら全然離れなかった」
思わず笑みがこぼれた。
「弥助は文句ばっかり言うし、鉄は酒ばっかり飲んでる」
「玄は必要以上に俺を気に掛けるし、孫六は面倒臭そうな顔しながら結局手を貸してくれる」
「迅は気付けば俺より先に動いてるし、志乃には毎回怒られる」
義信も小さく笑った。
山は焚き火の方へ目を向ける。
「あいつらに居場所を作ってやりたいって、ずっと思ってた」
「戦なんかで居場所を失う奴を、一人でも減らしたかった」
静かな声だった。
だが、その言葉には迷いがない。
「でもさ」
山は少し照れ臭そうに笑う。
「気付いたら俺の方が助けられてた」
義信は息を呑んだ。
山は続ける。
「俺は皆を守ってるつもりだった」
「でも本当は違う」
「俺もあいつらに支えられて、ここまで生きてきたんだ」
夜風が静かに吹き抜ける。
「だから失いたくない」
「もう、誰にもあんな思いはしてほしくないし……俺も、あいつらがいなくなるのは嫌なんだ」
その言葉は、とても静かだった。
だが、義信の胸には深く響いた。
⸻
しばらく沈黙が続く。
やがて義信が小さく笑った。
「山殿は、不思議なお方です」
山も笑う。
「よく言われる」
「ですが」
義信は真っ直ぐ山を見る。
「皆が山殿を慕う理由が、少しだけ分かった気がします」
山は照れ臭そうに頭を掻いた。
「そんな大した話じゃないよ」
「いや」
義信は静かに首を振る。
「大した話です」
「少なくとも私は、今夜の話を忘れません」
山は少しだけ目を丸くした。
そして困ったように笑う。
「……こんな話、誰かにしたの初めてだ」
義信も穏やかに笑う。
「それは光栄です」
二人は再び夜空を見上げた。
静かな星空は、何も語らない。
だが、その夜だけは。
二人の距離が、ほんの少しだけ近付いていた。
(続く)
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