第8話 動かされる戦場
朝の陣は、妙に落ち着かなかった。
ざわついているわけでもない。騒いでいる奴もいない。
なのに——どこか、軽い。
人が減ると、こうなるのか。
言葉にしなくても分かる違和感が、そこにあった。
「……静かすぎるな」
弥助が小さく言う。
「……ああ」
それ以上は言わない。言わなくても分かっている。
「動け! 前線に回す!」
怒号が飛ぶ。
(……やっぱりか)
少しだけ息を吐く。
逃げ場はない。
俺たちは、前に出される側だ。
整列。
前には、まだ煙の残る戦場。
(……で)
視線を細める。
(今、俺たちは何と戦ってる)
敵の旗も、まとまりも、はっきりしない。
だが——
(動きは、揃ってる)
バラバラに見えて、無駄がない。
(誰かが、“全体を見てる”)
「……弥助」
「なんだ」
「無理するな」
「……は?」
「変だ。前と違う」
弥助は少しだけ黙って——
「……分かった」
短く返した。
「進めぇ!!」
戦が始まる。
ぶつかる。
金属音。悲鳴。血。
だが——
(……引く?)
目の前の敵が、あっさり下がる。
「押せ! 押し切れぇ!」
味方が前へ出る。
(……またか)
嫌な既視感。
(釣ってる)
引き込んで——
(……いや)
違和感。
(囲いに来ない?)
前回なら、ここで挟む。
だが——来ない。
「おい、なんか変だぞ!」
弥助が叫ぶ。
「分かってる!」
だが周りは止まらない。前へ、前へ。
その時——
「ぎゃああああ!!」
横から悲鳴。
振り向く。味方の一団が、崩れていた。
(……横から?)
小隊。数は少ない。
だが——
(連携がいい)
一撃で崩して、すぐ引く。
また別の場所へ現れる。
「なんだあいつら!?」「くそ、散ってるぞ!」
混乱が広がる。
(……そういうことか)
囲まない。潰さない。
(全体を一気に倒すんじゃない)
(“小さく切り分けて、順番に殺してる”)
じわじわと、確実に。
(……逃げ場がなくなる)
背筋が冷える。
「山! どうする!?」
弥助の声。
(全体は、もう無理だ)
なら——
「右だ! こっちに抜ける!」
「は!?」
「いいから来い!」
弥助は舌打ちしながらも——
「……分かった!」
後ろの数人も、流れるようについてくる。
(……見てる)
一瞬だけ思う。
(俺の動きで、生き残るやつがいる)
だが——
(だからって、全員は無理だ)
(選べ)
走る。
戦線の端へ。
(巻き込まれる数を減らす)
それだけだ。
その時——
(……なんだ)
視線が止まる。
高台。
そこに、一人。
動かない。騒がない。
ただ——戦場を見ている。
(……あいつか)
直感だった。
(空気が違う)
「……見たか」
弥助が小さく言う。
「……ああ」
「ただの武将じゃねえな、あれは」
「どういう意味だ」
弥助は少しだけ考えて——
「前に聞いたことがある。戦を“流れ”で見る奴がいるって」
「人じゃなくて、戦場そのものを動かすやつだ」
「当たったら——逃げ場ごと消えるってな」
(……なるほど)
視線を戻す。
もう、その男はいない。
だが——
(分かった)
(俺たちは、“動かされてる”)
ゆっくり息を吐く。
(見てる場所が違う)
俺たちは、目の前。
あいつは——全部。
(……勝てるわけがない)
拳を握る。
(怖いな)
(あっち側に回られたら)
(俺たちは、どうにもできない)
気づけば、戦場の外れ。
呼吸が荒い。肺が焼ける。
振り返る。
まだ戦っている。
いや——削られている。
「……助かった、のか?」
弥助が言う。
「……分からない」
正直に答える。
生きている。
でも——
(これ、勝ってない)
(むしろ——“処理されてる”)
角笛が鳴る。低く、長く。
(……終わりじゃない)
(次が来る)
その音を聞きながら——俺は思う。
(このままじゃ、また同じだ)
さっきの男の姿が、頭に残る。
(……ああいう場所にいないと)
(選ばれるだけだ)
でも——
(どうやって行く)
まだ分からない。
それでも。
(考えないと、死ぬ)
そして——
(次は、“動かされる側”で終わらない)
(続く)
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