第77話 積み重ねたもの
朝。
カンッ!!
乾いた音が砦へ響いた。
「もう一度だ」
玄が静かに構える。
向かい合うのは義信だった。
「……参る」
義信が踏み込む。
速い。
鋭い一太刀。
だが。
ガキィィン!!
玄は最小限の動きで受け流した。
義信の体勢が崩れる。
その瞬間。
玄の木刀が義信の喉元で止まった。
「終わりだ」
義信は悔しそうに息を吐く。
「……参った」
玄は木刀を下ろした。
「悪くない」
「だが迷いがある」
義信は苦笑する。
「見抜かれていましたか」
玄は短く頷いた。
「命を奪う覚悟と」
「命を守る覚悟」
「どちらも中途半端だ」
義信は静かに木刀を見つめた。
その言葉は胸に刺さった。
⸻
「終わったか?」
弥助たちが歩いて来る。
鉄は義信の肩を叩いた。
「玄相手なら十分だ」
「最初の俺なんか三歩で転がされたぞ」
迅も笑う。
「俺なんかまだ一本も取れてねぇぞ」
玄は否定しない。
鉄が笑った。
「ほら認めた」
周囲から笑いが起きる。
義信はそのやり取りを見て少し驚いた。
強さを鼻に掛ける者がいない。
負けを恥とも思っていない。
互いを認め合っている。
それが自然だった。
⸻
昼過ぎ。
山は砦の見回りをしていた。
義信も後ろを歩く。
外柵。
水堀。
矢倉。
畑。
山は一つ一つ確認していく。
義信が口を開いた。
「毎日見回るのですか」
「ああ」
山は頷く。
「昨日完成しても」
「今日壊れてたら意味がない」
「守る場所だからな」
義信は静かに周囲を見渡した。
確かに。
これだけの砦なら。
維持するだけでも大変だ。
⸻
しばらく歩いた後。
義信は山へ尋ねた。
「山殿」
「一つお聞きしても宜しいでしょうか」
「何だ?」
「皆は」
「何故、山殿をここまで信頼しているのです」
山は困ったように笑った。
「俺にも分からん」
義信は思わず笑う。
「分からないのですか」
「ああ」
山は少しだけ遠くを見る。
「最初は一人だった」
「居場所なんて無かった」
「頼れる奴もいなかった」
少しだけ苦笑する。
「だからかな」
「一人がどれだけ辛いかは」
「よく分かる」
山は前を向いたまま続けた。
「だから」
「今いる皆には」
「そんな思いはしてほしくない」
義信は黙って聞いていた。
飾らない言葉だった。
だが
そこには嘘が無かった。
⸻
夕方。
焚き火には今日も魚が並ぶ。
鉄が魚を頬張る。
「やっぱこれだな!」
弥助が笑う。
「酒飲み過ぎだ」
「今日は三杯しか飲んでねぇ!」
「十分多いわ」
その横で
孫六は魚を一匹持ち上げた。
「これ持って帰っていいっすか?」
志乃が呆れる。
「まだ食べるの?」
「夜食っす」
「太るわよ」
「俺動いてるんで」
迅が吹き出した。
「それ毎回言ってるな」
小さな笑いが広がる。
義信も自然と口元が緩んだ。
少し前まで。
こんな時間が来るとは思っていなかった。
⸻
その頃。
見張りから戻った迅が山へ近付く。
「頭」
山が振り返る。
「どうした」
迅は少し真面目な顔だった。
「街道沿いで一人見つけた」
「怪我してた」
「旅人みたいだったけど」
「俺に気付いたら森へ逃げていった」
山は眉をひそめる。
「追ったか?」
迅は首を振る。
「いや」
「無理に追っても仕方ねぇと思ってな」
山は少し考える。
「……そうか」
「明日」
「周囲だけ確認してみよう」
迅は頷いた。
「了解」
その報告を
義信も静かに聞いていた。
まだ誰も知らない。
その一人の旅人との出会いが。
やがて山隊の運命を大きく変えることになるとは。
(続く)
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