第76話 山隊の日常
翌朝。
義信は静かに目を覚ました。
しばらく天井を見つめる。
(……静かだ)
昨夜までとは違う。
誰かに命を狙われる気配もない。
刀を握ったまま眠る必要もない。
そんな朝は
いつ以来だったか思い出せなかった。
義信はゆっくりと外へ出る。
すると
既に砦は動き始めていた。
鉄は薪を割っている。
豪快な斧の音が辺りへ響く。
弥助は川で獲れた魚を捌いていた。
迅は見張りの配置を確認しながら砦の周囲を歩いている。
孫六は矢の手入れをしながら欠伸をしていた。
志乃は薬草を干し。
玄は少し離れた場所で、一人黙々と素振りを繰り返している。
誰も遊んでいる者はいない。
それぞれが
自分の役目を黙って果たしていた。
義信はその光景を静かに眺める。
(誰も命令していない……)
不思議だった。
誰かが怒鳴る訳でもない。
監視する者もいない。
それでも
全員が自然と動いている。
⸻
「起きたか」
山だった。
義信が振り返る。
山は鍬を肩へ担いでいる。
「山殿……?」
義信は首を傾げた。
「何を?」
山は当然のように答える。
「畑」
その一言だった。
義信は思わず目を丸くする。
「山殿自ら……?」
山は笑う。
「皆だけにやらせる訳にもいかないからな」
「人手は多い方が早い」
そう言って畑へ向かう。
義信もその後を追った。
⸻
畑では皆が土を耕していた。
弥助が山を見る。
「そういや今回は最初から畑にいたな」
山は鍬を動かしながら頷く。
「外柵や水堀の時は設計や配置を考える方が優先だったからな」
「形が出来た今なら俺も動ける」
鉄が吹き出す。
「結局働きたかっただけじゃねぇか」
迅も笑う。
「頭は人にだけやらせるの嫌だからな」
山は苦笑した。
「まぁ……そういうことだ」
皆が笑う。
義信は静かにその様子を見ていた。
大将が
誰よりも泥だらけになって働いている。
そんな光景を
今まで見たことがなかった。
⸻
義信はゆっくり鍬を手に取る。
山が振り向いた。
「無理しなくていいぞ」
義信は首を横に振る。
「世話になっている身です」
「何もしない訳には参りません」
そう言って畑へ入る。
慣れない手付き。
それでも懸命に土を耕す。
鉄が笑った。
「おっ」
「兄ちゃんも泥だらけだな」
義信は少しだけ苦笑した。
「慣れぬものだな」
弥助が笑う。
「そのうち慣れるさ」
迅も頷いた。
「ここじゃ皆そうだからな」
義信は静かに鍬を動かした。
⸻
夕方。
作業が終わる。
焚き火を囲み
皆で食事を始める。
焼き魚。
山菜汁。
炊いた麦。
豪華ではない。
だが
温かい。
鉄が酒を煽る。
「くぅーーっ!!」
「やっぱ魚には酒だな!!」
その横で
孫六が魚を眺めながら立ち上がった。
「じゃあ焼けたんで」
「俺もう帰っていいっすよね?」
志乃が呆れたように睨む。
「何その理屈」
孫六は真顔だった。
「いや」
「怪我人出ても志乃いるし」
「俺の仕事終わったんで」
志乃はため息を吐く。
「あんたも残るの」
鉄が豪快に笑った。
「はっはっはっ!!」
「飲め飲め!!」
孫六は首を横へ振る。
「遠慮しとくっす」
周囲から笑いが起きる。
義信はその光景を静かに見つめていた。
(不思議だ)
身分も。
過去も。
何も関係なく笑っている。
命を預け合う者同士とは。
本来こういうものなのだろうか。
⸻
山が義信へ声を掛けた。
「少しは休めたか?」
義信は静かに頷く。
「ああ」
少しだけ空を見上げる。
「久しぶりに」
「安心して眠れた」
山は小さく笑った。
「なら良かった」
それだけだった。
過去は聞かない。
事情も聞かない。
ただ
休めたことだけを喜んでくれる。
義信は焚き火を見つめる。
(父上)
(宗明様)
(私は今)
(不思議な者たちに助けられています)
炎が静かに揺れる。
その温もりは
張り詰めていた義信の心を
少しずつ解きほぐしていくのだった。
(続く)
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
続きも毎日更新していきます。




