第75話 新たな居場所
白蓮城。
夜。
六道幻庵は一人、静かな庭を歩いていた。
月明かりだけが庭を照らしている。
やがて、一人の兵が駆け寄って来た。
「六道様」
「申し訳ございません」
「義信に逃げられました…」
六道は足を止める。
そして、静かに微笑んだ。
「構いません」
兵が顔を上げる。
六道は続けた。
「もう義信殿には何の力もありません」
「宗明様は亡くなられ」
「白蓮四天王でもない」
「白蓮を離れた今となっては、ただの逃亡者です」
兵は頭を下げた。
「はっ」
その時だった。
「六道殿」
九鬼影宗が歩いて来る。
表情は暗い。
六道は笑顔のまま振り返る。
「九鬼殿」
九鬼はしばらく黙っていた。
そして、小さく口を開く。
「……本当に」
「我らのしていることは正しいのであろうか」
六道は黙って聞く。
九鬼は続けた。
「義信殿」
「雷姫殿」
「本当にあの者たちは罪を犯したのか」
六道は穏やかに笑った。
「勿論ですよ」
「今は苦しくとも」
「必ず我らが報われる時が来ます」
「白蓮へ危険をもたらす者を排除する」
「それが我らの使命」
「情けは不要です」
九鬼は目を伏せる。
「……そうか」
完全には納得していない。
それでも
何も言えなかった。
静かに頭を下げ、その場を去って行く。
六道はその背中を見送りながら、小さく笑う。
(愚かな男ですね)
(お前は)
(私の言うことだけ聞いていれば良いのですよ)
利用価値はある。
だから今は生かしている。
だが
余計な口を挟まれることだけは。
少しだけ鬱陶しかった。
⸻
その頃。
白蓮城では。
「何卒!!」
「どうかお力添えを!!」
榊原景親が頭を下げていた。
雷姫直属の副将。
今も重臣たちへ頭を下げ続けている。
「雷姫様をお助け下さい!!」
「どうか!!」
重臣は困ったように首を振る。
「……すまぬ」
「私には何も出来ん」
別の者は周囲を見回した。
「や、やめてくれ!」
「誰かに聞かれたら私まで消される!」
また別の者も苦しそうに言う。
「私も雷姫様には恩がある」
「だが今は……」
誰も。
誰一人として
手を貸そうとはしなかった。
榊原は拳を握る。
(無理もない)
義信は投獄。
雷姫までも軟禁。
ここまで来れば。
誰だって恐れる。
(私だって怖い)
(だが)
(雷姫様だけは……)
榊原は再び歩き出した。
まだ諦めない。
それだけが
今、自分に出来ることだった。
⸻
一方。
山隊砦。
義信は山たちに案内されながら歩いていた。
森を抜ける。
その先で
義信の足が止まる。
「……」
思わず息を呑んだ。
深い水堀。
限られた出入口。
高く組まれた木柵。
外からでは中の様子が全く見えない。
見えるのは
見張りの立つ矢倉だけ。
さらに
堀の内側には畑が広がっていた。
野菜が育てられている。
その近くでは
釣り糸を垂らしている者までいる。
義信はゆっくり呟いた。
「……これを」
「自分たちだけで造ったのか」
鉄が嬉しそうに笑う。
「だろ?」
「最初見た時、俺らも同じ反応だったぞ」
弥助も肩を竦める。
「砦ってより村だよな」
迅は吹き出した。
「最初は隠れ家だったんだけどなぁ」
義信は砦全体を見回す。
軍事的にも。
生活面でも。
よく考えられている。
「砦……なのか?」
思わず言葉が漏れた。
山は少し照れ臭そうに笑う。
「生き残るために必要だった」
「気付いたらこうなってた」
その瞬間。
弥助が即座に突っ込む。
「気付いたらじゃねぇよ」
「全部山の指示だろ」
鉄も頷く。
「俺ら毎日泥だらけだったんだからな!」
迅も笑った。
「また掘るのかって何回思ったことか」
周囲から笑いが起きる。
山は苦笑するしかなかった。
義信はその光景を見つめる。
誰も威張らない。
誰も命令口調ではない。
笑っている。
傷だらけなのに。
楽しそうだった。
(……変わった人たちだ)
だが
嫌ではない。
山が振り返る。
「中を案内する」
義信は頷いた。
「ああ」
再び歩き始める。
砦の中へ足を踏み入れる。
義信はもう一度だけ振り返った。
白蓮とは何もかも違う。
それでも
この場所には。
不思議な温もりがあった。
(……少しだけ)
(休ませてもらおう)
義信は静かに前を向いた。
新たな居場所での日々が。
ゆっくりと始まろうとしていた。
(続く)
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