第72話 囮
牢の前。
足音が止まる。
ガチャッ――
錠が外される音が響いた。
ゆっくりと扉が開く。
薄暗い牢へ。
黒装束の男たちが次々と入って来る。
全員が刀を抜いていた。
誰も喋らない。
ただ。
牢の奥で俯く人影だけを見ている。
「……」
先頭の男が刀を振り上げた。
次の瞬間。
一斉に斬り掛かる。
「死ねッ!!」
その瞬間だった。
バサッ。
人影を覆っていた布が宙を舞う。
「なっ――」
雷姫だった。
白刃が一閃する。
キィィン!!
先頭の男の刀が宙へ弾かれる。
雷姫はそのまま踏み込んだ。
一歩。
二歩。
速い。
「ぐっ――」
首筋へ刃が走る。
男は声も上げられず崩れ落ちた。
残る者たちが一斉に襲い掛かる。
「囲め!!」
雷姫は壁を蹴る。
身体が宙へ浮く。
空中で一回転。
そのまま背後へ着地した。
「馬鹿な!」
男が振り向く。
遅い。
一閃。
また一人倒れる。
さらに。
三人目。
四人目。
牢の中は狭い。
人数の利が活きない。
雷姫の刀だけが。
静かに。
確実に命を刈り取っていく。
「くそっ!!」
男が叫ぶ。
「雷姫だ!!」
「義信じゃない!!」
ようやく気付いた。
だが。
遅すぎた。
雷姫は迷わない。
迷えば斬られる。
だから。
一息で距離を詰める。
「はぁっ!!」
最後の二人が同時に斬り掛かる。
雷姫は身体を沈めた。
二本の刀が空を切る。
そのまま一人の懐へ潜り込む。
腹へ肘を叩き込む。
男が呻いた。
そのまま柄頭で顎を打ち抜く。
意識が飛ぶ。
もう一人が後ろから迫る。
雷姫は振り返らない。
後ろ蹴り。
男が体勢を崩す。
振り向きざま。
一閃。
男は倒れた。
静寂。
牢には。
最後の一人だけが残った。
男は震えていた。
雷姫はゆっくり歩く。
逃げようとした男の前へ回り込む。
一瞬。
懐へ潜り込んだ。
刀が首筋へ当たる。
冷たい刃。
男の身体が硬直した。
雷姫の声は静かだった。
だが。
怒りが滲んでいた。
「宗明様を手に掛けたのは」
「お前たちか」
男は首を振る。
「し、知らない!」
「我らではない!!」
雷姫の刃が僅かに食い込む。
首筋から血が流れた。
「ならば」
「何故義信殿を殺そうとした」
男は黙る。
雷姫の声が鋭くなる。
「答えろ」
「誰の命令だ」
男は震え始める。
「た……頼まれたんだ……」
「誰に」
男は唇を震わせた。
「それは……ろ――」
ヒュッ。
ドスッ。
男の胸へ一本の短刀が突き刺さった。
「がっ……」
男はその場へ崩れ落ちる。
絶命。
雷姫が振り向く。
牢の入口。
そこには。
数人の兵を従えた六道幻庵が立っていた。
相変わらず。
穏やかな笑みを浮かべている。
「危ないところでしたな」
雷姫は鋭く睨む。
「六道殿」
六道は死体へ近付き。
静かに目を閉じさせた。
そして小さく首を振る。
「残念です」
「あと少しで真相へ辿り着けたかもしれませんのに」
雷姫は黙っていた。
六道は雷姫を静かに見つめる。
そのまま。
僅かに視線だけを横へ送った。
後ろに控えていた一人の兵が。
小さく一礼する。
「御意」
兵は踵を返すと。
足早に牢を後にした。
雷姫はその背中を見送る。
(……何だ)
違和感。
だが。
止める理由は無い。
六道は何事も無かったかのように微笑む。
「さて」
「義信殿が牢から姿を消しておりますな」
空気が変わる。
兵たちの視線が雷姫へ集まった。
六道は穏やかな笑みを崩さない。
「説明を」
「お願い出来ますかな」
雷姫は六道を真っ直ぐ見返した。
証拠は無い。
だが。
胸の奥に残る違和感だけは。
消えることがなかった。
白蓮の夜。
一人の男は既に追われる身となり。
もう一人は。
その疑いを一身に背負おうとしていた。
(続く)
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