第71話 旅立ち
牢の中。
義信はゆっくりと顔を上げた。
足音は。
牢の前で止まった。
「……誰だ」
返事は無い。
やがて。
暗がりから姿を現した。
「雷姫殿……」
雷姫だった。
義信は目を見開く。
雷姫は静かに義信を見る。
「義信殿」
「私は信じている」
短い言葉だった。
「お前が宗明様を手にかけるはずがない」
義信は静かに目を伏せた。
「……ありがとうございます」
だが。
すぐに首を横へ振る。
「しかし」
「それを証明する術がありません」
雷姫は何も言わない。
義信は続けた。
「私はこのまま死ぬ訳にはいきません」
「宗明様を手にかけた者を見つけ出し」
「必ず罪を償わせます」
拳を握る。
「宗明様を殺め」
「その罪を私へ着せ」
「今ものうのうと生きている者がいる」
「それだけは」
「絶対に許せません」
静かな牢。
雷姫はその言葉を最後まで聞いていた。
やがて。
小さく頷く。
「……そうか」
ガチャッ。
牢の錠が開く。
義信は目を見開いた。
「雷姫殿!?」
「何を――」
雷姫は静かに言う。
「このままここへ居ても」
「お前は殺される」
「処刑を待つだけだ」
「恐らく」
「そう時間を置かず」
「再び命を狙われる」
義信は息を呑む。
「ここにはもう」
「お前の居場所は無い」
「白蓮を離れろ」
義信は動けなかった。
「ですが……!」
「それでは雷姫殿が!」
雷姫は首を振る。
「私のことは気にするな」
「お前はこれからのことだけを考えろ」
義信は唇を噛んだ。
雷姫は静かに続ける。
「義信殿」
「お前は」
「自分が信じた道を進め」
「その正しいと思う行いを」
「最後まで信じろ」
義信は目を閉じる。
そして深く頭を下げた。
「……かたじけない」
「この御恩」
「必ずお返し致します」
雷姫は小さく笑った。
「礼は要らぬ」
「生きろ」
雷姫は腰へ差していた刀を外した。
「これは……」
義信が目を見開く。
防人御太刀。
父・相良義隆より受け継いだ愛刀だった。
捕縛された際に取り上げられたはずの刀。
雷姫は静かに差し出す。
「預かっていた」
「お前にはこれが必要だ」
義信は震える手で受け取る。
柄へ触れる。
懐かしい重みだった。
「雷姫殿……」
「行け」
「その刀は」
「義隆殿の魂でもある」
義信は深く頷いた。
静かに腰へ差す。
「……必ず」
「必ずこの刀と共に帰って参ります」
雷姫は小さく笑う。
「待っている」
義信は立ち上がる。
牢を出る。
数歩進き。
立ち止まった。
振り返る。
雷姫は静かに頷くだけだった。
義信もまた頷く。
そして。
走り出した。
夜の白蓮城を。
一人。
駆け抜ける。
廊下。
庭園。
石畳。
誰にも見つからぬよう。
息を潜め。
ただ前だけを見る。
(父上……)
(宗明様……)
胸が締め付けられる。
父を失った。
宗明様も失った。
そして今。
自分は白蓮を捨てようとしている。
違う。
捨てるのではない。
(生きる)
(真実を暴くために)
(必ず戻るために)
義信は夜の城門を振り返る。
長年育った城。
父と共に暮らした城。
宗明様と語り合った城。
その全てが。
闇の中へ沈んでいた。
「……必ず」
「必ず戻ります」
誰へ向けた言葉でもない。
義信は静かに呟き。
白蓮を後にした。
⸻
牢の中。
雷姫は静かに座っていた。
義信が去った方角を見る。
そして。
小さく息を吐く。
(山……)
自然と。
あの男の顔が浮かんだ。
誰かを生かすために。
自ら危険へ飛び込む。
そんな生き方をする男。
(私も)
(少し似てしまったか)
苦笑する。
だが。
後悔は無かった。
義信には。
まだ未来がある。
宗明様の願い。
義隆殿の願い。
それを託せる男だから。
雷姫は静かに目を閉じた。
(これでいい)
やがて。
遠くから。
複数の足音が聞こえてきた。
カツ……
カツ……
カツ……
ゆっくりと。
牢へ近付いて来る。
雷姫は立ち上がる。
義信が着ていた外套を羽織る。
深く頭まで被る。
薄暗い牢では。
一目では誰か分からない。
足音は。
牢の前で止まった。
雷姫は静かに息を整える。
(来たか)
(今度は義信殿を殺すために)
雷姫は。
静かに刀の柄へ手を添えた。
(続く)
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