第70話 失われた居場所
宗明の亡骸を前に。
重い沈黙が流れていた。
誰も動かない。
誰も口を開かない。
義信だけが。
ただ宗明を見つめていた。
信じられなかった。
昨夜まで。
確かに生きていた。
自分を匿い。
「気にするでない」
そう笑ってくれた人だった。
その時だった。
「義信殿」
六道幻庵が静かに口を開く。
「もう一つだけ」
「確認させて頂きたいことがあります」
義信はゆっくりと顔を上げる。
「……まだ何かあるのか」
六道が答えようとした瞬間だった。
「ご報告!!」
兵が慌てて駆け込んできた。
全員の視線が集まる。
兵は膝をつく。
「宗明様の屋敷」
「義信殿がお休みになられていた部屋を調べましたところ——」
息を整える。
そして。
「血の付着した刀が発見されました!!」
義信の表情が凍り付く。
(……あの刀か)
朝。
部屋の隅に立て掛けられていた。
見覚えの無い刀。
兵が布に包まれた刀を差し出す。
義信はそれを見つめる。
間違いない。
あの刀だった。
六道が静かに刀を見る。
「なるほど」
刀身へ残る血を見つめながら続けた。
「この刀が」
「宗明様を斬ったものと断定することは出来ませぬ」
少し間。
「ですが」
「義信殿がお休みになられていた部屋から発見された以上」
「疑わぬ方が難しいでしょうな」
「違う!!」
義信が叫ぶ。
「その刀は!」
「朝起きた時には既に部屋にあった!!」
「私の刀ではない!!」
「誰かが置いたのだ!!」
周囲がざわつく。
六道は静かに目を伏せた。
「……義信殿」
「そのお言葉だけでは」
「皆を納得させることは出来ませぬ」
「嵌められたんだ!!」
義信は拳を握る。
「私を!」
「宗明様殺害の犯人へ仕立て上げるために!!」
「恩はあれど!!」
「宗明様を殺す理由など一つも無い!!」
その時。
「待て」
九鬼影宗だった。
重い声が響く。
「刀だけで断定は出来ぬ」
義信が九鬼を見る。
九鬼は苦しそうな表情だった。
六道は静かに頷く。
「勿論です」
「だからこそ」
「裁きを下す訳ではありません」
「今後の調査が終わるまで」
「義信殿には牢で待機して頂きます」
義信は歯を食いしばる。
「ふざけるな!!」
「私が何故!」
「宗明様を殺さねばならん!!」
六道は何も答えない。
九鬼が前へ出た。
「……義信殿」
「すまぬ」
「今は従ってくれ」
義信は九鬼を見る。
怒り。
悔しさ。
そして。
どうしようもない絶望。
全てが混ざっていた。
やがて。
義信は拳を解いた。
「……承知した」
「潔白は必ず証明する」
そう言い残し。
義信は兵に付き従った。
兵たちに囲まれ。
牢へ連行されていく。
誰一人。
義信を庇う者はいなかった。
⸻
牢獄。
冷たい石壁。
小さな窓。
義信は一人座っていた。
窓の向こうには夜空が見える。
「父上……」
小さく呟く。
返事は無い。
「宗明様……」
胸が締め付けられる。
父は敵に討たれた。
それは武士として理解出来る。
だが。
宗明様は違う。
誰が殺した。
何のために。
証拠は無い。
分からない。
だが。
義信の頭から離れない。
(本当に外敵なのか……)
宗明様が亡くなり。
得をする者は誰だ。
脳裏に浮かぶ。
強硬派。
六道幻庵。
そして。
今の白蓮。
(考えたくはない……)
(だが)
(もし……)
義信は目を閉じる。
父上も。
宗明様も。
もういない。
長い沈黙。
やがて。
小さく呟く。
「私は……」
「この国には」
「もう必要ない人間なのでしょうか」
静かな夜だった。
「父上が守ろうとした白蓮」
「宗明様が愛した白蓮」
「もう……」
「私の知る白蓮ではないのですね」
涙は出なかった。
泣く気力さえ残っていない。
その時だった。
コツ……
静かな牢へ。
足音が響く。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと近付いて来る。
義信は顔を上げた。
(誰だ……)
足音は。
牢の前で止まった。
(続く)
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