第68話 束の間の安息
山隊砦。
完成した外濠には水が満ちていた。
陽光を反射しながら静かに揺れる。
山は一人。砦の周囲を歩いていた。
外柵。
矢倉。
見張り台。
外濠。
全てを見て回る。
そして考える。
(俺ならどう攻める)
敵の視点。
それを考えるのは癖になっていた。
正面突破は難しい。
夜襲か。
火攻めか。
あるいは兵糧攻めか。
山は足を止めた。
(兵糧か)
砦は完成した。
だが。
食べ物が無ければ生きられない。
敵を防げても。飢えれば終わりだ。
山は静かに頷く。
「次はこれだな」
⸻
翌朝。
再び怒鳴り声が響いていた。
「だから言ったんだよ!!」
弥助が叫ぶ。
「絶対終わってねぇって!!」
鉄も汗だくだった。
「また掘ってんじゃねぇか!!」
迅が笑う。
「頭を信用した俺が馬鹿だったな」
周囲から笑いが起きる。
だが。
今日は少し違った。
山も泥だらけだった。
スコップを持ち。
一緒に土を掘っている。
鉄が目を丸くする。
「おい山」
「お前も掘るのか?」
山は土を掘り返しながら答えた。
「ああ」
弥助が呆れる。
「珍しいな」
山は苦笑した。
「前は設計と配置を考えてたからな」
「敵が来るかもしれなかったし」
迅が頷く。
「確かに」
「頭ずっと歩き回ってたな」
山は再びスコップを入れる。
「今回は形が出来てる」
「だから働く」
鉄が即座に返した。
「最初から働け」
笑いが起きた。
山も苦笑する。
⸻
掘っているのは畑だった。
砦近くの土地。
川から引いた水を利用する。
兵糧を育てるための畑。
山は周囲を見る。
「ここには資源が少ない」
「食料を買い続ける金も無い」
「なら作るしかない」
弥助が額の汗を拭う。
「理屈は分かる」
「だが疲れた」
鉄も頷いた。
「それは本当にそう」
迅が笑う。
「まぁでも」
「飯が増えるなら悪くねぇ」
部下たちも頷いた。
砦は守る場所。
同時に。
生きる場所でもある。
⸻
夕方。
ようやく作業が終わった。
弥助がその場へ座り込む。
「終わった……」
鉄も地面へ転がった。
「今度こそ終わった……」
迅が空を見る。
「流石にもう終わりだろ頭」
全員の視線が山へ向く。
山は少し考えた。
そして答える。
「今のところは」
沈黙。
「ほらな」
「やっぱ終わってねぇじゃねぇか!!」
爆笑が起きる。
だが。
皆の顔には笑顔があった。
砦は完成した。
畑も出来た。
少しずつだが。
生き残る準備は整っている。
山はその光景を見ながら静かに思った。
(悪くない)
⸻
その頃。
白蓮城。
宗明の屋敷。
義信は静かな部屋で茶を飲んでいた。
久しぶりだった。
安心して座れるのは。
父を失い。
命を狙われ。
疑心暗鬼になっていた心が。
少しだけ落ち着いていた。
宗明は何も言わない。
ただ。
義信を屋敷へ置いていた。
それだけだった。
だが。
それだけで十分だった。
義信は頭を下げる。
「宗明様」
「この度は匿っていただきありがとうございました」
宗明は軽く手を振る。
「礼は要らぬ」
それだけだった。
義信もそれ以上は言わなかった。
言葉よりも。
行動が全てを示していたからだ。
⸻
一方。
別の部屋。
六道幻庵は報告を受けていた。
「義信殿は宗明様の屋敷へ」
六道は目を閉じる。
「そうですか」
報告役が頭を下げる。
「これ以上は手出し出来ませぬ」
六道は小さく息を吐いた。
「やられましたね」
「まさか宗明様の元へ逃げ込むとは」
しばらく考える。
そして微笑む。
「さて」
「どうしましょうかねぇ」
⸻
その時だった。
扉が勢いよく開く。
九鬼影宗だった。
「六道殿!!」
六道が振り返る。
九鬼の表情は険しい。
「まさかお主」
「義信殿を襲撃したりはしておらぬだろうな!?」
部屋の空気が張り詰める。
六道は穏やかに微笑んだ。
「私ですか?」
「まさか」
「私も驚いておりますよ」
九鬼は六道を睨む。
だが。
証拠は無い。
六道は肩を竦めた。
「犯人を探さねばなりませんな」
しばらく沈黙。
やがて九鬼は低く言った。
「……そうであれば良いのだがな」
そう言い残し部屋を去る。
扉が閉まる。
静寂。
六道は一人になった。
そして。
小さく笑う。
「勘の良い方だ」
窓の外を見る。
白蓮城。
夜の闇。
「ですが」
「まだ終わっておりませんよ」
その目は笑っていなかった。
⸻
同じ夜。
義信は静かな部屋で目を閉じていた。
久しぶりだった。
安心して眠れそうだと思えたのは。
父を失ってから。
初めてかもしれない。
だが。
義信はまだ知らない。
この束の間の安息が。
長くは続かないことを。
(続く)
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