第63話 遺志を語る者
山隊砦。
褒賞が届いて数日。
砦の中は少しだけ賑やかになっていた。
鉄は相変わらずだった。
「おぉっ!!」
酒瓶を抱えながら笑う。
「やっぱ褒賞って最高だな!!」
弥助が呆れる。
「全部酒じゃねぇか」
「違うぞ」
鉄は真面目な顔をした。
「酒と酒と酒だ」
「同じだろ」
即座に突っ込まれる。
⸻
孫六は新しい矢を確認していた。
一本。
また一本。
真っ直ぐな矢羽根を見て頷く。
「うん」
「これならちゃんと飛びますね」
弥助が呆れた顔をする。
「前のは飛ばなかったのか」
「飛ぶには飛ぶっす」
「当たるかは別問題で」
「怖ぇこと言うな」
⸻
玄は何も買わなかった。
刀の手入れだけをしている。
鬼庭盛綱。
逃した相手。
忘れたことは一度も無い。
静かに刃を見つめる。
(次は逃がさん)
その決意だけが残っていた。
⸻
迅は部下たちへ指示を飛ばしている。
「そこの柵直せ!」
「見張り台も補強しろ!」
褒賞で得た木材。
食料。
資材。
全て砦へ回していた。
迅の部下が笑う。
「最近本当に砦になってきたな」
「今更か」
迅は鼻で笑った。
「俺らの家だぞ」
⸻
その頃。
山は町へ出ていた。
目的は一つ。
壊れた小手だった。
蒼鷹軍との戦いで砕けた。
唯一持っていた防具。
戦場で拾った物。
山は鍛冶屋へ向かう。
「直せるか?」
鍛冶屋は小手を見る。
しばらく考え。
頷いた。
「時間は掛かるがな」
山も頷く。
「頼む」
⸻
帰り道。
ふと足が止まる。
小さな露店。
そこに並んでいた物。
鈴だった。
山は手に取る。
小さい。
音も控えめ。
リン……
静かな音が鳴る。
薬草採り。
森。
見張り。
志乃はよく一人で動く。
そう考えると。
自然と手が伸びていた。
⸻
山隊砦へ戻る。
志乃は薬草を整理していた。
「ん」
山は鈴を差し出す。
志乃が眉をひそめる。
「何これ」
「鈴」
「見れば分かるよ」
山は少し考える。
そして答えた。
「森で動く時に使え」
「熊避け」
志乃が無言になる。
「……あんた」
「私を子供扱いしてる?」
「してない」
即答だった。
少し沈黙。
志乃は鈴を見る。
そして小さく息を吐く。
「貰っとく」
短い返事。
だが捨てはしなかった。
リン……
小さな音が鳴った。
⸻
白蓮城。
軍議の間。
重い空気が流れていた。
白蓮宗明。
雷姫。
氷牙。
赤堂烈真。
そして相良義信。
重臣たち。
その中に。
九鬼影宗。
六道幻庵もいた。
宗明が口を開く。
「今は立て直しが先だ」
「相良を失った」
「兵も失った」
「焦るな」
雷姫も頷く。
「まずは国内の安定を優先すべきです」
氷牙も異論は無い。
「戦力の再編も必要でしょう」
だが。
そこで九鬼が口を開いた。
「弱気ですな」
空気が変わる。
「今こそ動くべきでしょう」
「相良殿ならそうした」
義信の眉が動く。
九鬼は続けた。
「相良殿は白蓮のため戦い続けた」
「ならば我らも進むべきです」
六道も頷く。
「相良殿の遺志を継がねばなりませぬ」
その時だった。
「弱気だァ?」
低い声が響く。
全員の視線が向く。
赤堂烈真だった。
全身にはまだ包帯が巻かれている。
黒曜との激戦の傷は癒えていない。
赤堂は九鬼を睨む。
「ならお前が行け」
静かな声だった。
だが。
怒気が滲んでいる。
「牙城兵馬とやり合って来い」
「相良の代わりにな」
九鬼が眉をひそめる。
赤堂は続けた。
「相良は死んだ」
「俺もあと少しで死んでた」
「氷牙も危なかった」
軍議の間が静まり返る。
「戦ってねぇ奴ほど」
「簡単に戦を語る」
九鬼は何も返さない。
赤堂はさらに吐き捨てた。
「それと」
「勝手に相良を使うな」
義信の目が揺れる。
「相良はお前の旗じゃねぇ」
「俺たちの戦友だ」
沈黙。
そして。
義信が立ち上がった。
「父上を勝手に語るな」
軍議の空気が張り詰める。
全員が義信を見る。
義信は九鬼を睨む。
「父上を利用するな」
「何を知っている」
九鬼も黙らない。
「相良殿は白蓮の柱だった」
「だからこそ」
「その遺志を――」
「違う!!」
義信の声が響く。
「父上はそんなことのために死んだんじゃない!!」
軍議の間が静まり返る。
宗明は黙って見ていた。
雷姫も。
氷牙も。
誰も口を挟まない。
やがて。
六道が静かに笑った。
「失礼しました」
「やはり義信殿は義隆殿によく似ておられる」
穏やかな声。
だが。
義信には寒気しか感じなかった。
軍議が終わる。
義信が去った後。
六道が小さく呟いた。
「扱いにくいですな」
「相良家は白蓮に必要です」
「ですが」
「御しきれぬ力は時に災いとなる」
九鬼は腕を組む。
「若いだけだ」
六道は笑う。
「そうでしょうか」
「相良家は大きい」
「義信殿もまた」
「大きすぎるかもしれませぬ」
その言葉に。
九鬼は何も答えなかった。
父を失った義信。
そして。
父の名を利用しようとする者たち。
白蓮の中で。
静かに亀裂が広がり始めていた。
(続く)
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