第62話 遺された者
山隊砦。
夜。
珍しく砦の中が賑わっていた。
「飲め飲め!!」
鉄が酒瓶を掲げる。
「今日は褒賞祝いだァ!!」
迅の部下たちも笑う。
「酒だ!!」
「肉だ!!」
「久々にまともな飯だぞ!!」
騒がしい。
だが。
悪くない空気だった。
弥助は酒を飲みながら笑う。
「相変わらずだな」
鉄は豪快に笑った。
「生き残ったんだ」
「飲まなきゃ損だろ」
「その理屈はわからん」
弥助が呆れる。
⸻
少し離れた場所。
孫六は干し肉を齧りながら呟いた。
「しかし旦那」
「金入ったのに顔暗いっすね」
山は苦笑した。
「そんなことない」
「ありますって」
即答だった。
孫六は肩を竦める。
「どうせ砦強化とか考えてるんでしょ」
図星だった。
山は視線を逸らす。
「……必要だからな」
「ほら」
「やっぱり」
孫六が笑った。
⸻
玄は相変わらず少し離れた場所にいた。
静かに刀を見ている。
鬼庭を逃した。
その事実だけが残っていた。
(次は逃がさん)
拳が自然と握られる。
⸻
砦の夜は穏やかだった。
だが。
世界はまだ動いている。
⸻
白蓮領。
白蓮城。
相良義信は呼び出されていた。
案内された先。
そこにいたのは。
白蓮当主。
白蓮宗明だった。
宗明は静かに義信を見る。
「来たか」
義信は頭を下げる。
「お呼びと聞きまして」
宗明はしばらく黙った。
そして。
静かに口を開く。
「義信」
「……申し訳ございません」
義信が先に言った。
「父上を失いました」
声は震えていない。
だが。
拳は強く握られていた。
宗明は首を横へ振る。
「違う」
義信が顔を上げる。
宗明は静かだった。
「謝るのは余だ」
「義隆を戦場へ送ったのは余だ」
沈黙。
義信は言葉を失う。
宗明は続ける。
「義隆は最後まで白蓮の盾だった」
「余には義隆が必要だった」
「だから戦わせた」
「だから死なせた」
義信は何も言えない。
宗明は静かに義信を見る。
「だが」
「お前は義隆ではない」
義信の目が揺れた。
「義隆の代わりになろうとするな」
「父の背を追うな」
「お前はお前の道を歩め」
静かな言葉だった。
だが。
義信の胸へ深く残る。
⸻
「父上ならどうした」
「父上ならどう考えた」
「そんなことばかり考えている顔だ」
宗明は小さく笑った。
「義隆は喜ばんぞ」
義信は俯く。
そして。
小さく答えた。
「……はい」
しばらくして。
義信は部屋を後にした。
心が少し軽くなっていた。
宗明様は理解してくれている。
父のことを。
自分のことを。
そう思えた。
だが。
その安心は長く続かなかった。
廊下の先。
数人の重臣たちが待っていた。
その中心。
大柄な男。
鋭い目。
堂々とした立ち姿。
九鬼影宗。
そして。
その隣。
痩せた老人。
柔らかな笑み。
静かな眼差し。
六道幻庵。
二人は義信を見る。
「お初にお目にかかります」
幻庵が一礼した。
「六道幻庵と申します」
九鬼も頷く。
「九鬼影宗だ」
義信は軽く頭を下げた。
九鬼が口を開く。
「相良殿には感謝しております」
「義隆殿は白蓮の柱でした」
義信は黙って聞く。
幻庵も続けた。
「まことに惜しい御方を失いました」
「白蓮の損失は計り知れませぬ」
どちらも正しい。
どちらも礼儀正しい。
だが。
次の言葉だった。
「故に」
九鬼が言う。
「今後は義信殿にも白蓮を支えて頂きたい」
「相良家の力は必要です」
幻庵も微笑む。
「兵も」
「名声も」
「影響力も」
「白蓮の未来には欠かせませぬ」
義信は違和感を覚える。
父が死んだ。
まだ日も浅い。
なのに。
彼らは未来を語る。
白蓮を語る。
相良家を語る。
そして。
誰も。
父そのものを見ていない。
「義隆殿の遺志を継げるのは義信殿だけです」
幻庵が言う。
宗明様は言った。
お前は義隆ではない、と。
だが。
目の前の二人は。
義隆になれと言っている。
義信は何も答えられなかった。
⸻
夜。
相良家屋敷。
義信は一人。
防人御太刀を見つめていた。
宗明様は。
お前はお前の道を歩めと言った。
九鬼と幻庵は。
義隆の跡を継げと言った。
どちらが正しいのか。
わからない。
ただ一つ。
胸の奥に残ったものがあった。
父が守った白蓮と。
今の白蓮は。
本当に同じなのだろうか。
その疑問だけが。
静かに大きくなり始めていた。
(続く)
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