第61話 金剛の遺志
白蓮領。
相良家屋敷。
部屋には静かな空気が流れていた。
相良義信は一人だった。
目の前には一本の刀。
防人御太刀。
父。
相良義隆より託された刀だった。
義信は静かに手を伸ばす。
柄を握る。
そして目を閉じた。
幼い頃。
訓練場。
大きな背中。
厳しい声。
不器用な褒め言葉。
様々な記憶が浮かぶ。
『義信』
『人を守れる男になれ』
『力とは振るうためのものではない』
『支えるために使え』
父の声が蘇る。
義信は静かに刀を握り締めた。
「……父上」
それ以上の言葉は出なかった。
⸻
やがて。
義信は部屋を出る。
屋敷の廊下を歩く。
その途中。
襖の向こうから声が聞こえた。
重臣たちの声だった。
「相良殿は惜しい御方だった」
義信の足が止まる。
「まことにな」
「白蓮の柱であった」
静かな声。
義信は少しだけ目を閉じた。
だが。
次の言葉で。
表情が固まる。
「しかし」
「これでようやく動ける」
⸻
沈黙。
別の男が続ける。
「相良殿がおられた故に止まっていた案件も多い」
「今なら強硬策も通せよう」
「四天王の席も空いた」
「後任も決めねばなるまい」
義信の拳が握られる。
⸻
「お待ちくだされ」
別の重臣が口を開く。
「流石に早すぎる」
「相良殿は昨日亡くなられたばかり」
義信は僅かに安堵した。
だが。
返ってきた言葉は冷静だった。
「だからこそだ」
「国は待ってくれん」
「相良殿も理解しておられよう」
⸻
誰も笑っていない。
誰も喜んでいない。
だが。
誰も父を悼んでもいなかった。
義信は静かにその場を離れる。
何も言わず。
ただ。
胸の奥に小さな違和感だけが残った。
⸻
その頃。
山隊砦。
情報屋が現れていた。
「相変わらず妙な砦だな」
周囲を見回して苦笑する。
迅が笑った。
「褒め言葉として受け取っとくぜ」
情報屋は肩を竦めた。
「好きにしろ」
そして本題へ入る。
「白蓮と黒曜だが」
その一言で空気が変わる。
山も耳を傾ける。
「白蓮四天王」
「相良義隆が討死した」
誰も言葉を発しない。
情報屋は続けた。
「さらに赤堂烈真も危なかったらしい」
「軍の半数近く失ったそうだ」
鉄が眉をひそめる。
「そんなにかよ」
「相手は黒曜三騎士だからな」
情報屋が答える。
「もっとも」
「牙城兵馬も片目をやられた」
「篠塚景虎も重傷だ」
「黒曜側も無傷じゃねぇ」
弥助が腕を組む。
「化け物同士の喧嘩だな」
「その通りだ」
情報屋は笑った。
「お前らが首を突っ込んだら一瞬で潰れるぞ」
山は苦笑した。
否定出来なかった。
⸻
話はそこで終わらない。
情報屋は袋を取り出した。
「で」
「これはお前らへの褒賞だ」
迅が首を傾げる。
「褒賞?」
「黒曜からだ」
情報屋は頷く。
「蒼鷹軍を撃退した功績」
「結果的に黒曜背後への侵攻を防いだ」
「その礼だそうだ」
袋の中には金。
さらに別便で食料と建材も届くらしい。
迅の部下たちがざわつく。
「俺ら褒賞貰う側になったのか?」
「元盗賊なんだが」
情報屋が笑う。
「今は違うんじゃねぇか?」
誰も返せなかった。
山は金袋を見る。
そして呟く。
「砦を強化出来るな」
鉄は笑う。
「酒も買えるぞ」
「却下」
即座に志乃の声が飛んだ。
⸻
やがて情報屋は立ち上がる。
「じゃあな」
帰り際。
ふと思い出したように口を開く。
「そういや白蓮も荒れそうだぞ」
山が顔を上げる。
「四天王が一人死んだからな」
「後継争いでも始まるかもしれねぇ」
そう言い残し。
情報屋は去って行った。
山はしばらくその背中を見ていた。
世界はまだ動いている。
戦乱は終わっていない。
⸻
同じ頃。
白蓮領。
義信は窓の外を見ていた。
父が命を懸けて守った国。
父が愛した国。
だが。
その国の空気は。
義信の知る白蓮とは少しずつ違い始めていた。
第9章 金剛の遺志
開幕。
(続く)
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