第64話 忍び寄る影
山隊砦。
ついに。
外濠工事が終わった。
「終わったぁぁぁ!!」
鉄が地面へ大の字になる。
全身泥まみれ。
汗だく。
その姿に弥助も苦笑した。
「お前よく生きてんな」
「酒のおかげだな」
「絶対違う」
即座に否定された。
迅の部下たちも座り込んでいる。
皆疲れ切っていた。
何日も続いた作業。
柵。
矢倉。
外壁。
そして外濠。
ようやく一段落だった。
山は桶を持って歩く。
「ほら」
「水」
一人一人へ渡していく。
迅が受け取りながら笑った。
「旦那も休めよ」
「いや」
山は首を振る。
「まだやることある」
鉄が起き上がる。
「やること?」
「もう終わっただろ」
弥助も頷いた。
「流石に終わりだろ」
山は完成した外濠を見る。
深い。
広い。
だが。
まだ足りない。
「いや……」
「まだ終わりじゃないんだ」
全員が固まる。
「は?」
迅が聞き返す。
山は静かに答えた。
「次は水を引く」
沈黙。
鉄が口を開く。
「……は?」
弥助も固まる。
「今なんて言った?」
「川の水を使う」
山は当然のように言った。
「水堀にする」
迅が頭を抱えた。
「お前さぁ……」
少し考える。
「本当に城作る気か?」
山は苦笑した。
「違う」
そして。
完成した砦を見る。
「生き残るためだ」
誰も反論出来なかった。
⸻
その頃。
白蓮城。
相良義信は廊下を歩いていた。
最近。
息苦しかった。
父が死んでから。
国の空気が変わった。
いや。
違う。
変わったのではない。
見えるようになったのだ。
軍議。
重臣会議。
城内。
どこへ行っても。
聞こえる。
権力。
地位。
派閥。
白蓮の未来。
などと言いながら。
皆が見ているのは自分の席だった。
その日も同じだった。
「白蓮はもっと強くあるべきです」
九鬼影宗が言う。
「守りばかりでは国は衰退する」
六道幻庵も続く。
義信は黙って聞いていた。
だが。
次の言葉で。
拳が握られる。
「相良殿もそう望まれたでしょう」
義信が立ち上がる。
「父上を利用するな」
空気が凍る。
六道は穏やかに笑う。
「利用など」
「我らは遺志を――」
「違う」
義信は遮った。
「お前たちは父上を知らない」
「勝手に語るな」
沈黙。
だが。
六道も引かなかった。
「義信殿」
「感情だけでは国は守れませぬ」
義信は睨み返す。
「欲でも守れん」
再び空気が張り詰めた。
⸻
その日の夕方。
義信は呼び出される。
白蓮宗明だった。
部屋には二人だけ。
宗明は静かに茶を飲む。
「最近よく衝突しているな」
義信は頭を下げた。
「申し訳ございません」
宗明は首を振る。
「謝るな」
「お前が怒る理由も分かる」
義信は顔を上げる。
宗明の目は優しかった。
「だが」
「気を付けろ」
空気が変わる。
「義隆がおれば抑えられた」
「今は違う」
宗明は静かに言う。
「儂でも止めきれぬ」
義信は目を見開いた。
宗明ほどの人物が。
そう言うのか。
「それでも」
義信は答える。
「譲れません」
「父上の名を利用させるわけにはいきません」
宗明は少しだけ笑った。
「そうだろうな」
「だからお前は義隆の息子だ」
義信は黙った。
胸の奥が熱くなる。
宗明は続ける。
「だが」
「本当に気を付けろ」
その言葉だけは。
冗談ではなかった。
⸻
夜。
六道幻庵の屋敷。
九鬼影宗がいた。
六道が茶を飲む。
「義信殿は困りましたな」
九鬼は腕を組む。
「若いだけだ」
六道は笑った。
「そうでしょうか」
「相良家は大きい」
「義信殿もまた大きい」
「いずれ障害になります」
九鬼の目が細くなる。
「だから殺すのか」
六道は否定しない。
九鬼は立ち上がった。
「ふざけるな」
「相良義隆は国のために死んだ」
「その息子まで消して何が白蓮だ」
そのまま部屋を出て行く。
六道は黙って見送った。
やがて。
別の男が部屋へ入る。
六道は微笑む。
「白蓮のためです」
そして。
静かに命じた。
「相良義信を消しなさい」
闇の中。
男が頭を下げる。
白蓮の内側で。
静かに。
確実に。
何かが壊れ始めていた。
(続く)
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