第52話 包囲網
山隊に緊張が走っていた。
退路はない。
失敗すれば死ぬ。
だが——
生きるためには動くしかない。
山もまた同じだった。
胸の奥が重い。
これは賭けだ。
自分の策だ。
失敗すれば誰かが死ぬ。
玄かもしれない。
弥助かもしれない。
鉄かもしれない。
それでも——
(勝つしかない)
(俺たちが生きて明日を迎えるために)
山は視線を逸らさない。
鬼庭盛綱を見続ける。
⸻
周囲では各隊も配置についていた。
孫六隊は高所へ移動。
拠点内部を見渡せる位置から弓を構える。
迅隊は側面に展開。
敵の増援や横槍に備え、周囲の警戒を続けている。
そして志乃は医療所にいた。
負傷者受け入れの準備。
包帯。
薬草。
水。
戦いが激しくなることを理解していた。
⸻
鬼庭は進む。
山隊を斬り倒しながら。
力任せに。
強引に。
獣のように。
「どけェ!!」
蒼鷹兵も続く。
その後ろでは塚原が全体を見ていた。
そして——
鬼庭が角を曲がる。
塚原たちから鬼庭の姿が見えなくなる。
その瞬間。
山は左手でなまくら刀を掲げた。
「今だ!!」
⸻
「うおおおおおお!!!」
地響きのような雄叫び。
隠れていた山隊が一斉に飛び出した。
弥助隊。
鉄隊。
玄隊以外の全戦力。
狙うのは鬼庭ではない。
塚原軍。
そして鬼庭配下。
後方部隊だった。
「なっ——!?」
蒼鷹兵たちが動揺する。
弥助が吠える。
「大将だけ見てんじゃねぇぞ!!」
鉄も突っ込む。
「今度はこっちの番だ!!」
次々と蒼鷹兵が倒れる。
不意打ち。
完全な奇襲だった。
塚原の目が鋭くなる。
「っ!!」
すぐに理解した。
狙い。
山の策。
鬼庭と後方を切り離すつもりだ。
「迎撃せよ!!」
塚原が叫ぶ。
「鬼庭殿を孤立させるな!!」
蒼鷹兵たちも慌てて動く。
だが既に山隊は食い込んでいた。
⸻
そして。
鬼庭が曲がった先。
そこには一人の男が立っていた。
玄だった。
鬼庭が足を止める。
「……お前か」
玄は静かに刀を構える。
「ようやくだな」
鬼庭が笑う。
「はっはっは!!」
「俺を止めるつもりか!!」
玄の目は揺れない。
「止める」
「そして——」
刀を握る手に力が入る。
「討つ」
鬼庭の笑みが深くなった。
「面白ぇ」
両者が向き合う。
決着の時が近付いていた。
⸻
一方。
黒曜領。
相良義隆は馬を走らせていた。
連れている兵は十騎にも満たない。
後方から金属音が聞こえる。
叫び声も聞こえる。
牙城兵馬と戦う近衛兵たちの声だ。
だが。
走るたびに遠ざかる。
小さくなる。
そう思いたいと自分に言い聞かせる。
殺されて声が減り、小さくなっているのだとは思いたくなかった。
(皆……)
(すまぬ……!)
相良は唇を噛む。
「相良様!!」
部下が叫ぶ。
「間もなく砦です!!」
前方を指差す。
相良も顔を上げる。
だが。
違和感があった。
砦が見えない。
代わりに。
黒い影。
近付く。
さらに近付く。
影は横へ広がる。
広がる。
広がる。
やがて。
砦への道そのものを塞いでいることに気付いた。
緊張が走る。
誰も喋らない。
そして。
その正体が見えた。
黒曜三騎士。
篠塚景虎。
その軍勢だった。
相良が息を呑む。
「……そういうことか」
黒曜は待っていた。
最初から。
全てを。
⸻
その頃。
氷牙軍も全力で進軍していた。
氷牙は前だけを見る。
(急げ)
(間に合え)
相良殿を救えるのは自分しかいない。
だが。
走りながら氷牙は理解していた。
これは黒曜という国を囮にした奇策だ。
(敵領の深くまで攻めすぎたのだ……)
白蓮四天王はそれぞれ別方向へ進軍した。
先頭には赤堂。
中央に雷姫。
そして最後尾に相良。
いつの間にか横に並んでいた陣形は縦に伸び切っていた。
距離が離れる。
援軍が遅れる。
そして今——
相良だけが孤立した。
(我らは泳がされた)
(全て黒曜の掌の上だったのか……)
⸻
そして。
前方に軍勢が見えた。
黒い旗。
黒い鎧。
行く手を塞ぐ大軍。
氷牙の表情が変わる。
その先頭。
一人の男が馬上から見下ろしていた。
扇を持つ男。
穏やかな笑み。
まるで全てを見通しているかのような目。
「お急ぎかな」
男が口を開く。
氷牙の目が細くなる。
男は静かに一礼した。
「初めまして」
「黒曜三騎士」
「鷺森宗玄と申します」
氷牙は理解した。
相良。
そして自分。
白蓮四天王を分断するための策。
全ては。
この瞬間のために。
仕組まれていた。
そして——
(これが……久我景定かっ!!)
初めて。
氷牙の背筋を冷たいものが走った。
(続く)
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