第5話 名を削られた者
戦は——終わった。
いや、終わったというより。
——俺たちは、使い潰された。
最前線に立たされ、前から敵、後ろから味方。
逃げ場なんて、最初からなかった。
騎馬隊は突撃し——そして、消えた。
あるのは、血の匂いと、転がる死体。
「……生きて、るのか……」
自分の声が、やけに遠い。
それでも——俺は立っている。
——生き残った。
それだけが、事実だった。
「……あんた」
振り向くと、隣で震えていた男。
「……助かった」
短く、それだけ言った。
「……いや」
首を振る。
(生きるために、動いただけだ)
「この人が……!」
別の声。
「この人が言わなかったら、俺たち全員——」
ざわつきが広がる。
視線が集まる。
驚き。
疑い。
そして——
わずかな、期待。
(……やめろ)
そんな目で見るな。
「ほう」
低い声。
空気が変わる。
あの武将が歩み寄ってくる。
「名は、山田だったな」
「……はい」
「長いな」
「……は?」
「戦場で呼ぶには長い。——“山”でいい」
くすり、と笑う。
「今日からお前は“山”だ」
——山。
「……はい」
頷く。
(……軽いな)
たった一文字。
(俺の名前ってのは、そんな簡単に削れるもんかよ)
だが——
否定できない。
(生きるためだ)
「今回の働き、見ていた」
「お前が道を開いたらしいな」
「……たまたまです」
「たまたまで、生き残れるほど甘くはない」
即答だった。
「使えるかもしれんな」
——その一言で、空気が変わる。
周囲の視線も。
(……見られてる)
さっきまで“同じ側”だった連中が、距離を取る。
「褒美だ」
小袋が投げられる。
「……ありがとうございます」
頭を下げる。
その瞬間——
嫉妬。
警戒。
敵意。
(……始まったな)
——“選ぶ側に近い人間”として見られる日々が。
⸻
簡易の市。
並ぶのは、使い古された武具ばかり。
刀を手に取る。
重い。刃こぼれ。
(……これで戦えってか)
銭を見る。
(選べる立場じゃない)
「これでいい」
頼りない刀を受け取る。
腹が鳴る。
選んだのは——粟と稗。固い団子。
一口、かじる。
固い。味もない。
それでも、飲み込む。
(食え)
(食わなきゃ、死ぬ)
無理やり、押し込む。
(生きるってのは……こういうことかよ)
⸻
戦場へ戻る。
死体は、まだある。
「……」
足が止まりかける。
(……行け)
腕の防具を見つける。
血で濡れている。
(綺麗事言って死ぬのは、御免だ)
引き剥がし、腕に巻く。
(致命傷は防げない)
(でも——一撃は減らせる)
視線を感じる。
さっきの男。
恐怖と——わずかな信頼。
(……同じだな)
だが——
(仲間じゃない)
空を見上げる。
夕焼け。
やけに綺麗だ。
「……はは」
乾いた笑い。
その時——
遠くで怒号が上がった。
「次の配置だ! 動ける奴は集まれ!」
(……もう来るのか)
息を吐く。
(休む時間もない)
そして——
(次は、誰を見捨てる)
自分の中で、その言葉が自然に出たことに——
少しだけ、寒気がした。
(続く)
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