第47話 守りたいもの
山は思う。
(このままじゃまずい……)
鬼庭盛綱は笑っていた。
まるで戦場ではなく宴席にいるかのように。
「はっはっは!!!」
「斯波だけでなく、お前自身も俺の出世のために死んでくれるとはな!!!」
大笑いしながら刀を振るう。
玄は歯を食いしばった。
「くぅっ……!」
刃を受ける。
重い。
速い。
だがそれ以上に――
心が乱れていた。
斯波義継。
自分が斬った男。
部下を使い潰し続けた男。
止めるために斬った。
これ以上死なせないために。
なのに。
鬼庭は笑う。
「お前には感謝してるぞ!!」
「お前が斯波を斬ってくれたおかげで俺が副将になれた!!」
「最高だなぁ!!」
同じだった。
何も変わらない。
自分がやったことは何だったのか。
その迷いが玄の動きを鈍らせる。
そこへ塚原茂光も到着した。
「鬼庭殿……」
「いつまでも遊んでおらず、ひと思いに終わらせてはどうか?」
呆れた声だった。
鬼庭は肩をすくめる。
「せっかちな男だな」
一方。
後退していた弥助隊と鉄隊も異変に気付いていた。
「玄っ!!!」
弥助が叫ぶ。
「何してる!!」
「早く後退しろ!!!」
鉄も怒鳴る。
「玄!!!」
だが玄は動けない。
過去。
後悔。
絶望。
全てが一気に押し寄せていた。
鬼庭はゆっくり刀を構える。
そして笑った。
「んじゃ――」
「俺のために死んでくれや」
刀が振り下ろされる。
ガッッッッ!!!
――――――――――
場面は白蓮軍。
進軍中の氷牙の元へ報告が届く。
「進軍中、恐れながら申し上げます!」
「なんだ」
氷牙が振り返る。
「最後尾を進軍していた相良殿が黒曜軍三騎士――牙城兵馬と交戦中!」
「なに?」
氷牙の目が細くなる。
相良義隆。
白蓮四天王。
白蓮の盾。
その相良が交戦した。
氷牙は即座に地図を広げる。
現在位置を確認する。
雷姫。
赤堂。
相良。
そして自軍。
「くっ……狙いはこれか」
黒曜軍は白蓮軍を分断しようとしている。
四天王を各個撃破するつもりだ。
氷牙は即断した。
「反転する!」
周囲が驚く。
「我らが相良殿に最も近い!」
「援軍に向かうぞ!」
「はっ!!」
氷牙軍は進軍方向を変えた。
――――――――――
同じ頃。
赤堂烈真の元にも報告が届いていた。
「相良殿が交戦中とのことです!」
赤堂は鼻で笑う。
「は?」
「相良殿が負けるわけねぇだろ」
豪快に槍を担ぐ。
「妨害の無い今が好機だ」
「俺は進む」
「黒曜を潰すぞ!!!」
「おおおおお!!!」
赤堂軍はさらに前進した。
――――――――――
雷姫の元にも報告が届く。
「相良殿が黒曜軍と交戦中です」
雷姫は地図を広げた。
静かに眺める。
「……相良殿だけが?」
嫌な予感がした。
そして。
すぐに気付く。
「これは……」
その表情が僅かに険しくなった。
――――――――――
相良軍。
鶴翼の陣。
左右から牙城軍を包み込む形。
だが。
「はっはっはァ!!」
牙城兵馬が笑う。
「囲ってみろやァ!!!」
野生の勘だった。
牙城は包囲が完成する直前に左翼へ突撃した。
黒曜軍が雪崩れ込む。
「ぐあぁぁ!!」
「押し返せ!!」
白蓮軍が崩れる。
包囲網が完成しない。
むしろ。
包囲する側が潰される。
戦列は横へ横へと伸びていく。
相良は歯噛みした。
「くっ……」
牙城兵馬。
予想以上の怪物だった。
鶴翼の陣は崩され、
戦列は横へ引き伸ばされていく。
(まずい)
この戦が長引くほど、
敵の思う壺だ。
白蓮軍は分断されている。
氷牙は動くだろう。
雷姫も異変に気付くはずだ。
だが――
それこそが黒曜の狙い。
白蓮四天王を足止めし、
戦場全体を乱すこと。
相良は静かに決断した。
「俺が前で指揮をとる」
「お、恐れながら!相良殿自ら出られずともよろしいのでは!?」
側近が慌てて止める。
だが相良は首を振った。
「時間の問題ではない」
「この戦そのものを長引かせてはならん」
「私が前へ出て戦場を動かす」
「牙城軍を殲滅する」
側近は言葉を失う。
そして小さく頭を下げた。
「……承知しました」
相良は槍を握る。
「行くぞ」
側近は苦い顔をした。
だが。
反論はしない。
「……承知しました」
相良は槍を取る。
側近たちを連れ。
最前線へ向かった。
――――――――――
再び。
山たちの拠点。
ガッッッッ!!!
響いた衝撃音。
だが。
玄は斬られていなかった。
鬼庭も目を見開く。
「……あ?」
そこにいたのは。
山だった。
鬼庭の刀は。
山の利き手に装着された小手へ叩き込まれていた。
戦場で拾った唯一の防具。
小手が砕ける。
金属片が飛び散る。
「うぐぁッ!!」
激痛。
骨まで響く衝撃。
山はその場に膝をついた。
視界が揺れる。
吐き気が込み上げる。
山隊が凍り付いた。
「山っ!!」
弥助が叫ぶ。
鉄も叫ぶ。
「何やってんだ!!!」
「早く逃げろ!!!」
孫六も顔を青くする。
「またっすか旦那!!」
ここまで築き上げたもの。
全てが崩れかねない。
誰もが理解していた。
だが。
距離が遠い。
間に合わない。
玄は信じられなかった。
「や……山……?」
声が震える。
「なぜ来た……?」
山は荒い呼吸を繰り返す。
それでも答えた。
「仲間が黙って殺されるとこなんて……見たくねぇんだよ」
痛みに顔を歪める。
「救える命があるなら救う」
玄は怒鳴った。
「だからってお前が死んだら意味ねぇだろ!!!」
焦り。
怒り。
後悔。
全てが混ざる。
自分のせいだ。
自分が止まったから。
山が傷付いた。
鬼庭は大笑いした。
「はぁっはっはっは!!!」
「これはいい!!!」
刀を肩へ担ぐ。
「まさか山狐様自ら出てきてくれるとはなぁ!!」
鬼庭は邪悪な笑みを浮かべた。
「塚原殿」
「こいつは俺の獲物だ」
塚原は黙っている。
鬼庭はゆっくり刀を構えた。
動けない山へ。
刃を向ける。
「手を出すんじゃないぞ」
そして。
獣のような笑みを浮かべる。
「まずは――」
「お前から死ねや、山狐」
刀が振り上げられた。
(続く)
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