第43話 黒曜三騎士
黒曜領。
影月城。
城内には、重い静けさが流れていた。
灯りは少ない。
広間の中央。
黒衣の男が、静かに地図を見下ろしている。
久我景定。
黒曜軍最高軍師。
白蓮軍侵攻の報せを受け、景綱より直接命を受けていた。
——白蓮を止めよ。
⸻
やがて。
城門の外から、馬の音が響く。
一人目。
狼牙城城主。
牙城兵馬。
巨大な体格。
狼の毛皮を羽織る猛将。
続いて。
影ノ城城主。
篠塚景虎。
細身。
鋭い目。
忍ぶような気配を纏う男。
最後に。
灰塵城城主。
鷺森宗玄。
白髪混じりの壮年武将。
静かな威圧感を持つ男だった。
⸻
三人は広間へ入り、景定の前で止まる。
兵馬が口を開いた。
「出陣準備ァ終わってる」
「いつでも暴れられるぜ」
宗玄が眉を寄せる。
「兵馬」
「景定様の御前だ」
兵馬が鼻を鳴らした。
「分かってるっての」
景虎は静かに頭を下げる。
「各城の兵、既に動かせます」
宗玄も続く。
「ご命令をお待ちしておりました」
景定は、そこで初めて小さく笑った。
「……流石だ」
「言葉を交わさずとも理解している」
三騎士は黙ったまま。
だが、既に空気は出来上がっていた。
⸻
景定が地図を広げる。
「白蓮は速い」
「だが、速さは崩せる」
静かな声。
「奴らを分断する」
「孤立した所を潰す」
兵馬が笑った。
「ようやく暴れられるか」
景虎は地図を見たまま口を開く。
「白蓮四天王の位置は?」
景定の指が、地図を滑る。
「雷姫は北」
「赤堂烈真は西」
「氷牙と相良義隆は、別働で動いている」
宗玄が静かに目を細めた。
「完全に散っておりますな」
景定が頷く。
「だからこそ好機だ」
「奴らが合流する前に動く」
兵馬が獰猛に笑った。
「つまり各個撃破ってわけか」
景定が三人を見る。
「これより」
「白蓮を崩す」
空気が静かに張り詰める。
⸻
数日後。
山たちの拠点。
木槌の音が、今日も響いていた。
外柵。
板張り。
矢倉。
少しずつ、形になっていく。
だが——
外堀作業だけは、予想以上に難航していた。
⸻
「また崩れてる!」
迅の部下が声を上げる。
昨夜の雨で、掘り途中の土が崩れていた。
「っクソ……!」
舌打ちしながら、再び掘り直していく。
山は掘り途中の堀を見る。
深い。
広い。
拠点全体を囲う以上、簡単には終わらない。
玄が低く言った。
「時間が掛かるな」
山は頷く。
「でも必要だ」
「正面以外から、簡単に入れなくする」
⸻
鉄が笑いながら、木材を担ぎ上げる。
「おら貸せ!」
迅の部下が息を切らした。
「っ……重っ」
「腰やるぞそんなん」
鉄は豪快に笑い、一人で杭を運んでいく。
「兄貴一人で三人分動いてねぇか?」
「酒飲んでるからな!」
「関係ある!?」
笑いが起きた。
⸻
矢倉。
孫六が面倒そうに下を見ていた。
「だからそこ狭いんすって」
「弓引けねぇ」
下の男が叫ぶ。
「これ以上広げると落ちるぞ!」
「じゃあ補強してください」
即答。
弥助が呆れる。
「お前、結局めちゃくちゃ協力してんじゃねぇか」
「見ててイライラするだけっす」
適当な返事。
だが、矢倉は少しずつ、“撃つための形”へ変わっていた。
「あと、その木残すと射線切れるんで」
「切っといてください」
迅が苦笑する。
「細けぇなぁ」
「死にたくないだけっすよ」
⸻
森側。
玄が静かに歩いていた。
誰にも言わず、木々を見て回る。
地面。
枝。
視界。
迅の部下が首を傾げた。
「……何してんだ?」
玄は短く答える。
「敵もここを見る」
それだけ。
だが、気付けば見張り位置が変わり、死角が減っていた。
⸻
医療小屋。
志乃が薬草を分けていた。
怪我をした迅の部下が、少し気まずそうに座っている。
「……悪ぃ」
志乃は手を止めない。
「次から無茶すんな」
短い返事。
だが、その手つきは丁寧だった。
男が少し驚く。
志乃は視線を逸らす。
「痛む?」
「……いや」
少しだけ、空気が柔らかかった。
⸻
夜。
焚き火。
弥助と迅が、少し離れた場所で酒を飲んでいた。
迅が笑う。
「まさかまた、お前と酒飲むとはな」
弥助も笑った。
「俺も思ってなかった」
迅が酒を煽る。
「前のお前、死にそうな顔してたしな」
「ひでぇな」
「実際そうだったろ」
弥助は少し黙る。
そして笑った。
「……まぁな」
少し間。
迅が焚き火を見る。
「頭も大概だよな」
「普通、あそこまで背負わねぇ」
弥助が笑う。
「だよなぁ」
迅も少し笑った。
「けど」
「だから皆、ついてくんだろうな」
夜風が静かに吹いた。
⸻
別の見張り場所。
玄が一人で座っていた。
そこへ、山が酒を持って来る。
「飲むか」
玄が受け取る。
少し沈黙。
やがて山が口を開いた。
「前言ってたよな」
「上の奴を斬ったって」
玄は静かに酒を見る。
「……斯波義継」
「俺が斬った男の名だ」
低い声。
「部下を使い潰した」
「死ぬまで前へ出させた」
「自分だけ後ろで生き残る」
山は静かに聞いていた。
「……許せなかったのか」
玄は首を横に振る。
「違う」
「放置すれば、もっと死ぬ」
静かな声。
だが、迷いは無かった。
山は少しだけ目を伏せた。
夜風が、木々を揺らす。
⸻
翌日。
情報屋が拠点へ現れる。
「随分、物騒になったなここ」
周囲を見て苦笑した。
山は情報を買う。
そして、世界の状況を聞かされる。
⸻
「白蓮軍が止まらねぇ」
「四天王が各地の砦を落としまくってる」
弥助が眉をひそめた。
「そんな強ぇのか」
情報屋は鼻で笑う。
「今じゃ黒曜側が、どこの砦を守るかで手一杯だ」
「雷姫だけじゃねぇ」
「赤堂烈真も、氷牙も、相良義隆も暴れてる」
「白蓮四天王だぞ?」
「化け物揃いだ」
さらに続ける。
「黒の軍師、久我景定がついに動いたらしい」
「そして切り札を出した」
玄の目が少し動く。
弥助が首を傾げた。
「……切り札?」
情報屋がニヤリと笑う。
「黒曜三騎士だよ」
「知らねぇか?」
弥助は素直に頷く。
「聞いたことねぇ」
情報屋は少し得意げに語り出す。
「白蓮に四天王がいるなら、黒曜には三騎士がいる」
「狼牙城の牙城兵馬」
「影ノ城の篠塚景虎」
「灰塵城の鷺森宗玄」
「全員、一城を任されてる化け物級だ」
「しかもそれをまとめてんのが、久我景定ってわけだ」
「まぁ……」
そこで少し表情を曇らせた。
「流石の黒の軍師でも、今回の白蓮は厳しいかもな」
山は静かに地図を見る。
世界が動いている。
だが、今の自分たちは。
まず、生き残る場所を完成させるしかない。
⸻
その頃。
白蓮軍は、さらに侵攻を続けていた。
雷姫。
赤堂烈真。
氷牙。
相良義隆。
白蓮四天王は、それぞれ別方向から黒曜領を削っていく。
砦が落ちる。
陣が崩れる。
止まらない。
⸻
だが。
黒曜側も、ついに動き出した。
狼牙城。
影ノ城。
灰塵城。
黒曜三騎士が、それぞれ軍を率いて出陣する。
白蓮と黒曜。
最大戦力同士の激突が、始まろうとしていた。
⸻
さらに。
蒼鷹領でも、動きがあった。
真壁義臣。
山狐に阻まれ、黒曜侵攻を止められた傷は深い。
あの敗走。
あの屈辱。
未だ、真壁の胸に焼き付いていた。
だが。
その目の奥には、消えぬ執念が宿っている。
軍議の間。
真壁は包帯の巻かれた腕を押さえながら、地図を睨んでいた。
「……今なら黒曜は乱れている」
「白蓮に押され、守りも薄くなる」
低い声。
だがその声には、焦りと苛立ちが滲んでいた。
本来なら。
自ら先陣を切りたかった。
武功を挙げ。
失った面目を取り戻したかった。
だが——
傷はまだ癒えていない。
無理に出れば、軍全体を危うくする。
真壁は拳を握り締める。
(……クソが)
込み上げる悔しさを、胸の内へ押し込めた。
その姿を見ながら、鷹司景冬が静かに口を開いた。
「今は耐えよ」
「焦れば、再び足を掬われる」
真壁はしばらく黙り込む。
やがて。
低く息を吐いた
そして顔を上げる。
「鬼庭盛綱」
「塚原茂光」
呼ばれた二人が前へ出た。
蒼鷹軍副将。
鬼庭は獰猛に笑う。
「ようやく出番か」
塚原は静かに目を細めた。
「御命令を」
真壁は二人を睨むように見据える。
「俺の代わりに行け」
「黒曜領を削れ」
「奪えるだけ奪って来い」
鬼庭が笑みを深くした。
「任せろ」
塚原も静かに頷く。
「必ず戦果を」
真壁は地図へ視線を戻す。
その拳は、まだ強く握られたままだった。
蒼鷹軍もまた、黒曜領へ侵攻を開始する。
その進軍路。
そこには——
山たちの拠点があった。
だが、山たちはまだ知らない。
戦乱は、すぐそこまで迫っていた。
(続く)
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
続きも毎日更新していきます。




