第42話 戦支度
数日後。
拠点には、今日も木槌の音が響いていた。
「縄引け!」
「杭押さえろ!」
「そっち板足りねぇ!」
怒鳴り声。
笑い声。
土を掘る音。
最初はただの隠れ家だった場所が、少しずつ形を変え始めていた。
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完成した外柵へ、さらに板が貼られていく。
矢を通しにくくするため。
そして、中を見えにくくするため。
迅が木材を担ぎながら笑う。
「いやぁ、頭のこういう嫌らしい仕掛け、俺ら得意なんすよ」
山は柵を見る。
「見えない方が怖い」
「敵は勝手に警戒する」
迅は嬉しそうに頷いた。
「そうそう、そういうのっす!」
「相手が勝手にビビってくれるなら儲けもんなんで!」
⸻
一方。
外では、まだ空堀作業が続いていた。
深く。
広く。
拠点を囲うように掘り進められていく。
鉄が汗を拭った。
「これ、終わるのか?」
「終わらせる」
山は短く答える。
「正面以外から入れなくする」
玄が静かに周囲を見る。
「……大軍相手前提か」
「多分、次はもっと来る」
誰も否定しなかった。
真壁は、諦める男ではない。
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矢倉では、孫六が面倒そうに座っていた。
だが、その目は真面目だった。
「そこ、板貼り過ぎっす」
下の男が見上げる。
「駄目か?」
「見えねぇ」
「あと、その木残すと射線切れるんで」
弥助が呆れたように笑う。
「お前、そういう時だけ細けぇな」
「死にたくないだけっすよ」
適当な声。
だが、矢倉は孫六の指示で少しずつ変わっていく。
撃ちやすく。
隠れやすく。
生き残りやすく。
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拠点奥。
簡易医療小屋も、最低限の形が完成していた。
布。
水桶。
薬草。
乾燥棚。
志乃は黙々と薬草を分けている。
鉄が酒瓶片手に近付いた。
「お、ちゃんと薬師っぽくなったな」
「酒臭い」
即答だった。
鉄が笑う。
「酒は元気出るぞ」
「傷開くわよ」
「消毒だ消毒」
「馬鹿」
弥助が吹き出した。
「言われてんぞ」
鉄は豪快に笑う。
志乃は呆れたように息を吐いた。
だが。
鉄の腕の包帯だけは、黙って巻き直してやる。
その様子を見て、弥助が少し笑った。
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夜。
作業を終えた連中が、焚き火の周りへ集まっていた。
疲労で、皆泥だらけだった。
酒。
干し肉。
粗末な食事。
だが、空気は少し明るい。
迅の部下たちも笑っている。
以前より、空気が柔らかかった。
⸻
山は酒を持ちながら、焚き火を見ていた。
前の世界では、こんな時間は無かった。
働いて。
使われて。
終われば終わり。
“お疲れ”
なんて、言われたこともない。
だからこそ。
山は、静かに口を開いた。
「……皆、ありがとう」
少しだけ空気が止まる。
言った瞬間。
山自身が、少しだけ気恥ずかしくなる。
こんな風に、大勢の前で感謝を口にしたことなんて、ほとんど無かった。
だが、もう止められなかった。
山は続けた。
「助かってる」
「拠点作り、本当に感謝してる」
迅の部下たちが、少し驚いた顔をする。
弥助が笑った。
「真面目かよ」
鉄も笑う。
「まぁでも、悪くねぇな」
迅は少しだけ目を細めた。
誰かに、ちゃんと感謝される。
それだけで、不思議と悪い気はしなかった。
⸻
その後。
山は酒瓶を持ったまま、矢倉へ向かった。
上では、孫六が一人で夜を見ていた。
「……何してるんすか」
「飲みに来た」
山が酒を置く。
孫六は少し驚いた顔をした。
「他行かなくていいんすか?」
下では、まだ皆が騒いでいる。
山は苦笑した。
「いいんだよ」
「今は、お前と飲みたい」
少し間。
「……嫌なら戻る」
孫六は困ったように頭を掻く。
「嫌じゃないすけど」
「楽しくないっすよ?」
山は小さく笑った。
「そんなん求めてねぇよ」
夜風が吹く。
未完成の矢倉。
遠くで、笑い声が聞こえる。
孫六は酒を飲みながら、小さく呟いた。
「……旦那、変なんすよ」
「よく言われる」
即答。
孫六が少し笑った。
「普通、あそこまで自分削らねぇ」
山は少し黙る。
そして、静かに酒を見た。
「誰かだけに、背負わせたくねぇんだよ」
「指示したのは俺だ」
「なら、俺にも責任がある」
その言葉に。
孫六は少しだけ視線を逸らした。
「……難儀っすねぇ」
だが。
その声は、少し柔らかかった。
⸻
その頃。
白蓮軍は、黒曜領へ進軍していた。
先陣を切るのは、雷姫。
その勢いは凄まじく、残存していた砦も既に陥落している。
報せを聞いた赤堂烈真が笑った。
「はっ!まぁ雷姫だしな!」
氷牙も静かに頷く。
「時間を掛ける相手ではない」
相良義隆は地図を見る。
「このまま押し込めば、黒曜は崩れる」
白蓮軍は止まらない。
そのまま、黒曜領深部へ迫っていた。
⸻
黒曜領。
黒曜景綱は、静かに地図を見ていた。
落ちた砦。
迫る白蓮軍。
そして、低い声で言う。
「……景定を呼べ」
その一言で、家臣たちの空気が変わる。
「既に、影月城へ使者を出しております」
静かな沈黙。
景綱は地図を見たまま、低く呟いた。
「白蓮を止めよ」
「久我景定」
黒曜軍最強の軍師が、ついに動き出そうとしていた。
(続く)
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