第40話 根城
夜。
山たちは、
再び拠点へ戻っていた。
岩場。
木々。
薄暗い焚き火。
その中へ、
新しく一人の女が加わる。
迅の部下たちが、
ちらちらと志乃を見ていた。
「……女?」
「マジで?」
小声が漏れる。
志乃は面倒そうに睨み返した。
「何」
男たちが一斉に視線を逸らす。
弥助が吹き出した。
「強ぇなぁ」
「うるさい」
即答。
鉄まで笑う。
「馴染むの早ぇな」
⸻
迅が立ち上がる。
「一応、
中案内する」
志乃は黙ってついていく。
だが——
すぐ戻ってきた。
迅が頭を掻く。
「……案内する場所、
そんな無かったわ」
志乃は周囲を見る。
岩陰。
粗末な寝床。
積まれた荷。
雨避け程度の布。
確かに、
“拠点”というより、
隠れ家だった。
⸻
山が焚き火の近くへ座る。
「個別の部屋も無い」
志乃が視線を向ける。
「皆、
ここで寝る」
少し間。
志乃はため息を吐いた。
「まぁ、
野宿よりはマシか」
迅の部下が苦笑する。
「贅沢言える場所じゃねぇんだ」
志乃はそれ以上言わなかった。
ただ、
周囲を観察していた。
誰が強いか。
誰が危険か。
誰が油断出来ないか。
薬師というより、
生き残る側の目だった。
⸻
やがて。
山が口を開く。
「話がある」
空気が変わる。
騒いでいた連中も、
少し静かになった。
山は焚き火を見ながら言う。
「これからも、
蒼鷹とやることになる」
迅たちの顔から、
笑いが少し消えた。
現実だった。
今回勝った。
だが。
終わってはいない。
⸻
山は続ける。
「次、
また止められる保証は無い」
静かな声。
「だから今のうちに、
出来ることをやる」
枝を拾う。
地面へ線を書く。
拠点。
道。
囲み。
山は簡単な地形を書きながら言った。
「この場所を、
隠れ家じゃなく」
線を叩く。
「拠点に変える」
⸻
弥助が腕を組む。
「前言ってたやつか」
山は頷く。
「見張り台」
「柵」
「罠」
「逃げ道の確保」
「戦える形を作る」
迅の目が細くなる。
「……山賊砦ってことか」
「近い」
山は否定しなかった。
⸻
山が地面へ、
さらに線を書き足す。
「敵は多分、
正面から押して来る」
枝で一本道を示す。
「だから道を絞る」
迅が目を細めた。
「狭路に誘導するのか」
山が頷く。
「数を活かさせない」
さらに線を書く。
「ここに柵」
「ここに落とし穴」
「孫六は高所」
木の上の孫六が、
少しだけ視線を向ける。
「……撃ち放題っすね」
鉄が笑った。
「で、俺が正面か」
「玄は横撃」
玄は静かに頷く。
低い声。
「悪くない」
⸻
迅の部下たちも、
少しずつ口を開き始める。
「裏道一本欲しいな」
「岩落とせる場所もあるぞ」
「森もっと深く出来ねぇか?」
今までとは違った。
ただ逃げるためじゃない。
“殺すための地形”を、
考え始めていた。
⸻
山は志乃を見る。
「お前は?」
突然振られ、
志乃が少し目を細めた。
「……水」
全員がそちらを見る。
志乃は続ける。
「薬煎じるにも、
傷洗うにも水は必要」
「あと、
怪我人寝かせる場所」
「湿った地面で寝かせたら、
傷口腐る」
迅たちが顔を見合わせる。
そこまで考えていなかった。
志乃は淡々と言う。
「戦うなら、
治す場所も作れ」
静かな声。
だが、
現実的だった。
⸻
山は小さく頷く。
「分かった」
そして周囲を見る。
「金はある」
「今なら動ける」
「だから、
生き残るために使う」
その言葉に。
誰も反対しなかった。
⸻
焚き火が揺れる。
外では、
夜風が木々を鳴らしていた。
蒼鷹軍は、
また来る。
真壁も来る。
だからこそ——
ただ逃げるだけでは、
もう終わる。
山は静かに、
地面へ書いた拠点図を見る。
生き残るための場所。
戦うための場所。
それを、
今から作る。
⸻
その頃。
蒼鷹領。
真壁義臣は、
一人で刀を振っていた。
何度も。
何度も。
地面が抉れる。
息は荒い。
だが止まらない。
脳裏に浮かぶのは、
黒布の男。
山狐。
「……次は」
真壁の目に、
殺意が宿る。
「必ず殺す」
月明かりの下。
刃だけが、
静かに光っていた。
(続く)
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