第38話 拡張
翌日。
山たちは、
近くの村へ向かっていた。
蒼鷹軍との戦場から、
半日ほど離れた小村。
人通りは少ない。
だが、
荷車と旅人はそれなりにいる。
情報の受け渡しには、
都合が良い場所だった。
⸻
村外れの茶屋。
奥の席。
そこに、
情報屋は座っていた。
相変わらず、
胡散臭い笑みを浮かべている。
「いやぁ」
山たちを見るなり、
肩を竦めた。
「とんでもねぇことしてくれたな」
弥助が鼻を鳴らす。
「そっちの依頼だろ」
「そうなんだが、
予想以上だ」
情報屋は笑う。
「今、
白蓮でも黒曜でも、
山狐の噂で持ち切りだ」
鉄が酒を飲みながら言う。
「へぇ」
「“寡兵で真壁義臣を退けた”」
「“奴隷兵まで反旗を翻した”」
「“山狐が戦場を食い破った”」
情報屋が指を折りながら並べる。
「尾ひれも大分付いてるがな」
玄が静かに聞く。
「……黒曜は?」
「かなり食いついてる」
情報屋が笑みを深くした。
「特に、
依頼主は大喜びだ」
⸻
情報屋は懐から袋を取り出す。
重い音。
机へ置かれた。
「今回の報酬だ」
弥助が中を見る。
そして目を見開いた。
「……多くねぇか?」
「成功報酬込みだ」
情報屋が笑う。
「真壁を撤退させた価値はデカい」
鉄が吹き出す。
「おいおい、
マジかよ」
迅たちもざわついた。
奴隷兵上がりの連中からすれば、
見たこともない額だった。
⸻
だが。
情報屋は、
そこで指を立てる。
「それでだ」
空気が少し変わる。
「依頼主から、
追加の話が来てる」
山が視線を向ける。
「引き続き、
蒼鷹を抑えてほしいそうだ」
弥助が顔をしかめる。
「まだやんのかよ……」
迅たちの空気も変わる。
蒼鷹。
その名だけで、
嫌な記憶が蘇る。
だが——
情報屋は笑った。
「報酬は今回の倍だ」
沈黙。
次の瞬間。
「倍!?」
弥助が叫ぶ。
鉄まで目を見開く。
「マジかよ」
情報屋は肩を竦めた。
「真壁を止められる奴なんざ、
そうそう居ねぇからな」
「今、
お前らの価値は跳ね上がってる」
⸻
山は静かに考える。
危険は増える。
真壁も、
次は本気で潰しに来る。
だが——
金は必要だった。
人も増えた。
武器も。
食糧も。
拠点も。
全部必要になる。
山は小さく息を吐いた。
「……受ける」
弥助が笑う。
「だよな」
情報屋も満足そうに頷いた。
「話が早くて助かる」
そして立ち上がる。
「また動きがありゃ伝える」
「しばらくは、
お前ら探す奴も増えるだろうしな」
その言葉だけ残し、
情報屋は去っていった。
⸻
その後。
山たちは、
再び迅たちの拠点へ戻っていた。
夜。
焚き火。
騒ぎはもうない。
静かな時間だった。
山は少し奥へ座り、
息を吐く。
蒼鷹との戦いは、
まだ終わらない。
むしろ——
ここからが本番だった。
(……次は、
もっとデカく来る)
真壁も。
蒼鷹軍も。
今回の敗北を、
そのまま終わらせるはずがない。
⸻
「弥助」
山が呼ぶ。
「迅も来てくれ」
二人が近づく。
迅はまだ少し、
“呼ばれ慣れていない顔”をしていた。
山は周囲を見ながら言う。
「この拠点、
隠れるには良い」
迅が頷く。
「だろ?」
「でも、
見つかったら終わる」
空気が静かになる。
山は続けた。
「逃げ道が少ない」
「囲まれたら、
全滅する」
迅も、
今度は否定しなかった。
実際、
蒼鷹に追われた時も、
何度か危ない場面はあった。
一度は、
逃げ込んだ谷の出口を塞がれかけた。
もう一度は、
夜中に焚き火の煙を見つけられ、
追手がすぐ近くまで来たこともある。
少人数だから隠れ切れた。
だが——
人数が増えた今、
同じ真似は出来ない。
⸻
山は地面へ枝で線を書く。
「だから、
隠れ家じゃなく」
線を囲う。
「拠点にする」
弥助が眉を上げた。
「拠点?」
「見張り台を作る」
「敵を早く察知する」
「柵も置く」
「罠も増やす」
「正面から来られても、
すぐ崩れない形にする」
迅の目が少し変わった。
元盗賊だった。
だから分かる。
ただ隠れるだけでは、
いつか終わる。
だが。
守る前提で作れば、
話は変わる。
「……面白ぇな」
迅が笑う。
「山賊砦みてぇだ」
鉄が後ろから笑った。
「いいじゃねぇか」
玄も静かに頷く。
孫六だけは木の上から、
周囲を見ていた。
「高い場所増えるなら、
俺は助かりますけどね」
淡々とした声。
だが、
少しだけ楽しそうだった。
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その時だった。
見張りへ出ていた男が、
急いで戻ってくる。
「迅!!」
空気が変わる。
男は息を切らしながら言った。
「また、
山狐探してる奴がいる」
弥助が呆れた顔をした。
「来客多すぎだろ」
迅が聞く。
「どんな奴だ」
「女だ」
その言葉で、
少し空気が変わった。
「旅装で、
薬袋持ってた」
「一人だ」
山の目が細くなる。
迅の部下は続けた。
「村で聞き回ってる」
「山狐はどこだって」
沈黙。
鉄が笑う。
「今度は何だ?」
弥助が肩を竦める。
「知らねぇよ」
山は少し考え——
静かに立ち上がった。
「会う」
迅が目を瞬かせる。
「いいのか?」
「噂が広がれば、
こういうのは増える」
山は黒布を巻き直す。
「だったら、
まず見極める」
そして。
山たちは、
薬師の女がいるという場所へ向かった。
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村外れ。
月明かりの下。
一人の女が、
静かに火を見つめていた。
腰の薬袋。
疲れた目。
だが——
その奥には、
消えない感情が残っている。
真壁義臣。
忘れたことはない。
そして今。
その男を追い詰めたという、
“山狐”。
女は静かに顔を上げた。
気配。
誰かが来る。
その手が、
無意識に短刀へ触れる。
(続く)




