第37話 隠れ家
森の奥。
迅たちの拠点は、
岩場と木々に囲まれていた。
細い獣道。
外からでは、
まず見つからない。
山は周囲を見渡す。
視線は、
地形を舐めるように動いていた。
「……なるほど」
小さく呟く。
隠れるには良い。
追跡も撒きやすい。
少人数で潜むなら、
かなり優秀な場所だった。
だが——
(見つかった時は脆い)
逃げ道が少ない。
籠もれば、
囲まれて終わる。
長く居座る場所ではない。
山はそう判断した。
⸻
迅が振り返る。
「どうだ?」
少し不安そうな声。
山は短く答えた。
「悪くない」
その瞬間。
迅たちの顔から、
安堵が漏れた。
⸻
その夜。
拠点では、
小さな宴が開かれていた。
火が焚かれる。
酒が回る。
奴隷兵だった男たちが、
ようやく肩の力を抜いていた。
「生きて飲めるとはなぁ!!」
「蒼鷹の飯より百倍うめぇ!!」
笑い声。
泣き笑い。
傷だらけの男たちが、
酒を酌み交わしている。
⸻
鉄は酒瓶を片手に、
豪快に笑っていた。
「だから言ったろ!!
あいつら程度なんとかなるってな!!」
「いや絶対死ぬと思ってました」
迅の部下が真顔で返す。
周囲が笑った。
鉄も笑う。
「まぁ実際ちょっと危なかったな!!」
玄は少し離れた場所で、
静かに酒を飲んでいた。
騒ぎには混ざらない。
だが、
止めもしない。
どこか穏やかな空気だった。
⸻
弥助は、
迅と並んで座っていた。
酒瓶をぶつけ合う。
「しっかしよ」
弥助が笑う。
「お前が奴隷兵やってるとか、
未だに笑えるわ」
迅が顔をしかめる。
「好きでやってたわけじゃねぇ」
「でも捕まってんじゃねぇか」
「うるせぇ」
周囲からまた笑いが漏れる。
だが。
その笑いは、
戦場のものじゃなかった。
久しぶりに、
肩の力を抜いた笑いだった。
⸻
その時。
迅が山へ視線を向けた。
少し迷ってから、
酒を持って立ち上がる。
「……頭」
山が顔を上げた。
弥助たちも止まる。
迅は気付いていない。
自然に、
そう呼んでいた。
「助かった」
真っ直ぐ言う。
「俺たちだけじゃ、
絶対無理だった」
「だから……
これからよろしく頼む」
周囲の男たちも頷く。
山は少しだけ困った顔をした。
「頭って呼ぶな」
迅が目を瞬かせる。
「え?」
「慣れてない」
弥助が吹き出した。
鉄も笑う。
「似合ってんじゃねぇか」
「似合ってない」
山が即答する。
また笑いが起きた。
⸻
その頃。
少し離れた木の上。
孫六は一人、
矢を整えていた。
宴には混ざっていない。
静かに矢羽を確認し、
傷んだ紐を替えている。
下から迅の部下が声をかけた。
「飲まねぇのか?」
孫六は手を止めず答える。
「騒がしいの、
苦手なんすよ」
淡々とした声。
だが。
視線だけは、
下の宴を見ていた。
ほんの少しだけ。
柔らかかった。
⸻
しばらくして。
拠点へ、
一人の男が戻ってきた。
迅の部下だった。
息を切らしている。
「迅!!」
空気が変わる。
男は周囲を見て、
山へ視線を向けた。
「情報屋が探してる」
山の目が細くなる。
男は続けた。
「近くの村まで来てる」
「山狐に会わせろって」
弥助が眉をひそめた。
「黒曜か?」
「多分な」
迅が舌打ちする。
「随分動き早ぇな」
山は静かに考える。
蒼鷹を退けた噂は、
もう流れている。
なら。
黒曜も動く。
白蓮も。
他も——
動き始める。
⸻
その頃。
森を抜けた先。
一人の女が、
焚き火の前に座っていた。
旅装。
腰には薬袋。
疲れた目。
だが、
その瞳だけは消えていない。
近くの村人が噂していた。
“山狐が、
真壁義臣を退けた”
その名を聞いた瞬間。
女の指が止まった。
真壁。
あの男の名だけは、
忘れたことがない。
家族を殺した男。
村を壊した男。
だが。
自分には何も出来なかった。
復讐する力も。
戦う力も。
だから——
確かめたくなった。
本当に、
そんな男を追い詰めた奴がいるのか。
女は静かに立ち上がる。
薬袋を掴む。
そして——
山狐を探すため、
歩き出した。
(続く)
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