第35話 残火
真壁義臣が、
地面へ叩きつけられる。
土が舞う。
蒼鷹兵たちが息を呑んだ。
「総大将……!」
真壁はすぐ立ち上がる。
口元から血が流れていた。
だが。
目だけは死んでいない。
「山狐ぇぇぇ……!!」
怒声。
憎悪。
殺意。
真壁の視線が、
山を捉える。
次の瞬間。
真壁が地面を蹴った。
一直線。
山へ向かって突っ込む。
「死ねぇぇぇ!!」
だが——
轟音。
鉄の大剣が割って入る。
「行かせるかよ」
火花。
真壁が刀を振るう。
鉄が受け止める。
重い。
先ほどよりさらに重い。
追い詰められた猛将の一撃だった。
「邪魔だァ!!」
真壁が吠える。
鉄の身体が押し込まれる。
地面が削れる。
だが鉄は笑った。
「ようやく本気かよ」
真壁がさらに踏み込む。
怒涛の連撃。
鉄が押される。
そして——
「どけぇぇぇ!!」
真壁の一撃が、
鉄を弾き飛ばした。
真壁はそのまま、
再び山へ向かう。
⸻
その瞬間。
ヒュッ——
矢。
真壁の足元へ突き刺さる。
真壁が止まる。
次の矢。
今度は顔横を掠めた。
「チッ……!」
木の上。
孫六が静かに弓を引いている。
「……そんな一直線に来るんすか」
淡々とした声。
さらに矢。
真壁は刀で弾く。
だがその間に——
鉄が立ち上がった。
玄隊も近づいてくる。
弥助。
迅。
奴隷兵たち。
次々と、
山の周囲へ集まり始めていた。
蒼鷹軍だった者たちまで。
真壁は初めて、
周囲を見た。
完全に囲まれている。
⸻
奴隷兵たちの目が違っていた。
もう怯えていない。
憎しみだった。
真壁が叫ぶ。
「何をしている!!」
「そいつを殺せ!!」
命令。
だが。
誰も動かない。
逆に。
槍先が、
真壁へ向けられる。
真壁の顔が歪んだ。
「貴様ら……
奴隷風情が……」
迅が前へ出る。
震えていた。
それでも、
目は逸らさない。
「……もう、
従わねぇ」
小さな声。
だが。
確かに響いた。
⸻
真壁は息を荒げる。
周囲を見る。
鉄。
玄。
弥助。
孫六。
山。
そして、
奴隷兵たち。
完全に包囲されていた。
(……ここで死ぬわけにはいかん)
真壁の目が変わる。
生きる。
まずそれを優先した。
その瞬間。
奴隷兵の一人が、
叫びながら斬りかかった。
「うおおおお!!」
続けて二人。
三人。
憎しみのまま、
真壁へ飛び込む。
だが——
真壁は猛将だった。
一人目の首を斬る。
返す刃で二人目を裂く。
三人目の腹を蹴り飛ばす。
血が舞う。
一瞬で、
屍が増えた。
「雑兵がァ!!」
怒号。
だが。
四人目。
痩せた奴隷兵が、
恐怖を堪えながら突っ込む。
真壁の腕が伸びた。
首を掴む。
そのまま引き寄せる。
刀が喉元へ突きつけられた。
「動くな!!」
怒声。
全員が止まる。
真壁は奴隷兵を盾にしたまま、
ゆっくり後退する。
「俺を見逃せ」
息を荒げながら言う。
「そうすれば、
こいつは助けてやる」
誰も動けない。
弥助が歯を食いしばる。
迅も槍を握る。
だが。
動けば、
その瞬間に斬られる。
真壁はゆっくり後退していく。
視線だけは、
最後まで山を睨んでいた。
「山狐……」
低い声。
「必ず殺す」
そして——
森の奥へ消えた。
⸻
しばらく、
誰も動かなかった。
風だけが吹く。
やがて。
山が静かに歩き出す。
鉄たちも続く。
血の跡を追う。
森の奥。
そこで。
全員が止まった。
倒れていた。
先ほど人質にされた奴隷兵だった。
喉が裂かれている。
もう、
息はなかった。
沈黙。
弥助が奥歯を噛み締める。
迅は俯いたまま動かない。
山は静かに、
亡骸を見る。
助けられなかった。
勝った。
だが、
全部は救えなかった。
その事実だけが残る。
⸻
森の向こうでは、
蒼鷹軍が敗走を始めていた。
戦は終わった。
だが——
憎しみも。
傷も。
死も。
消えはしない。
山は静かに目を閉じる。
そして。
小さく息を吐いた。
黒い布が、
風に揺れる。
まるで、
燃え残った火のように。
(続く)
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