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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第7章 過去の檻

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第32話 崩れる進軍

森の奥。


山は、

静かに地面を見ていた。


ぬかるみ。


斜面。


水の流れ。


そして——

荷車が通る道。


視線だけが動く。


(……ここだ)


山は木の根元へ手をかける。


小さく土を崩す。


溜まっていた水が、

ゆっくり流れ始める。


ほんの僅かな変化。


だが、

それで十分だった。


山は静かに立ち上がる。


黒い布が、

闇へ溶けた。



しばらくして。


荷車が軋む。


「押せ!!

止めるな!!」


蒼鷹兵が怒鳴る。


だが——


車輪が沈んだ。


ぬかるみへ、

深く食い込む。


「なっ……!?」


兵たちが慌てて押す。


だが、

重い。


進まない。


兵糧車が傾く。


水桶が落ちる。


後続が詰まる。


「前が止まってるぞ!!」


「補給隊を止めるな!!」


怒号。


焦り。


苛立ち。


開戦から、

まだそこまで時間は経っていない。


なのに——


蒼鷹軍の流れは、

少しずつ乱れ始めていた。



真壁義臣が馬上で周囲を睨む。


「山狐はどこだ!!」


怒声。


兵たちが森へ散る。


だが、

見つからない。


開戦と同時に姿を消してから、

気配すら掴めなかった。


真壁が奥歯を噛み締める。


「隠れて鼠の真似か……!」


苛立ちが滲む。


見えない。


だからこそ、

不気味だった。



その頃。


鉄は最前線で、

真壁隊を受け止めていた。


大剣が振るわれる。


蒼鷹兵が吹き飛ぶ。


「おらァ!!」


鉄が笑う。


真壁が刀を振り下ろす。


重い。


鋭い。


だが——


怒りが混じっている。


鉄は受け流しながら、

口元を歪めた。


「どうした総大将」


「狐探しはもう終わりか?」


真壁の目が吊り上がる。


「貴様ら如き、

正面から踏み潰せば済む話だ!!」


「ならやってみろよ」


鉄が挑発する。


真壁がさらに前へ出る。


周囲の兵も、

それにつられて動く。


少しずつ。


じわじわと。


奴隷列との距離が離れていく。



一方。


弥助は、

奴隷列の中で戦っていた。


「どけぇ!!」


蒼鷹兵を殴り飛ばす。


血が散る。


槍が交差する。


その奥。


迅が、

荒い息を吐きながら立っていた。


弥助が舌打ちする。


「随分ボロくなったな」


迅が苦く笑う。


「そっくり返す」


蒼鷹兵が迫る。


迅は槍で受け流した。


だが、

動きが鈍い。


疲労が見える。


弥助が眉をひそめる。


「飯食ってねぇのか」


「まともにな」


迅が吐き捨てる。


「逃げようとした奴もいた」


「見せしめで殴られて、

そのまま前に出された」


短い言葉。


だが、

重かった。


弥助の顔が歪む。


迅は続ける。


「みんな、

もう折れてんだよ」


「逆らったら死ぬ」


「従っても、

いつか死ぬ」


槍を握る手が震える。


「でも……

怖ぇんだよ」


その言葉だけは、

やけに小さかった。



森の影。


山は静かに戦場を見ていた。


補給隊。


奴隷列。


管理兵。


そして——


鞭を持つ男たち。


(……いた)


奴隷兵を見張る目。


戦う兵じゃない。


従わせる側の目。


山は腰のなまくら刀へ手を伸ばす。


静かに抜く。


そして——


月明かりへ、

刃をわずかに傾けた。


カン——


鈍い反射。


短い光。



木の上。


孫六の目が細くなる。


合図。


視線が動く。


管理兵。


鞭。


位置。


すぐ理解した。


弓を引く。


呼吸。


静止。


——ヒュッ


矢が飛ぶ。


次の瞬間。


管理兵の喉を、

矢が貫いた。


「がっ——」


崩れる。


周囲がざわつく。


「なっ!?」


「どこからだ!?」


混乱。



山はすぐ位置を変える。


また、

なまくら刀を傾ける。


短い反射。


次の合図。


孫六が撃つ。


二人。


三人。


管理兵だけが、

正確に落ちていく。


蒼鷹兵たちが乱れる。


「伏兵だ!!」


「森を探せ!!」


だが、

見つからない。


山は姿を見せない。


孫六もまた、

位置を変え続けていた。



奴隷兵の空気が揺らぐ。


一人が、

震える声を漏らす。


「……管理兵が」


「……死んだ」


別の奴隷兵が、

ゆっくり後ろを見る。


倒れた管理兵。


落ちた鞭。


監視の目が、

減っていく。



山はそれを見ていた。


(まだだ)


恐怖は、

そんな簡単には消えない。


だから——


もっと崩す。


指揮を。


流れを。


“逆らえない”という空気そのものを。



その頃。


雷霆城。


「山狐が、

蒼鷹軍を乱している模様です」


雷姫軍副将


榊原景親が頭を下げる。


雷姫は盤上を見ていた。


「……そう」


短い返答。


景親が続ける。


「ですが、

戦力差は大きく——」


雷姫が遮る。


「戦力差で潰せる相手なら、

氷牙はあそこまで追い込まれていない」


静かな声。


「山狐は、

戦場を崩す」


景親が黙る。


雷姫は静かに目を細めた。


「だから厄介なのよ」



一方。


影月城。


久我景定は、

静かに報告を聞いていた。


「蒼鷹軍、

進軍が乱れ始めているとのこと」


景定は盤面へ視線を落とす。


「……なるほど」


小さく呟く。


「正面から勝つ気はないか」


部下が息を呑む。


景定は静かに笑った。


「ならば、

山狐らしい」



森の奥。


玄は伏せたまま、

戦場を見ていた。


乱れ始めた補給。


崩れ始めた管理。


揺らぐ奴隷兵。


そして——


まだ動いていない本隊。


玄は静かに目を細める。


(……もう少しだ)


山に言われた。


機を見て、

自分で動けと。


だから——


まだ、

動かない。


戦場が、

最も崩れる瞬間まで。



その時だった。


真壁義臣が、

怒声を上げる。


「補給隊を立て直せ!!

奴隷列を止めるな!!」


中央が動き始める。


山はそれを見て、

静かに目を細めた。


(……来た)


蒼鷹軍が、

自ら崩れを繋ぎ始める。


なら——


次は、

そこを断つ。


山は静かに、

闇へ溶けた。



玄が、

静かに目を細めた。


(……来る)


空気が変わった。


蒼鷹兵が、

乱れた隊列を立て直そうと動き始める。


つまり——


今が、

最も崩しやすい。


玄は静かに立ち上がった。


(続く)

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