第31話 揺らぐ鎖
「探せ!!
あの狐を逃がすな!!」
真壁義臣の怒声が、
戦場へ響く。
兵たちが森へ流れる。
だが——
山の姿は見えない。
「名乗りを上げておいて逃げるか……!」
真壁の顔が歪む。
「舐めた真似を——」
その瞬間。
横から鉄隊がぶつかった。
「おっと」
鉄が笑う。
「置いてかれてんじゃねぇか」
蒼鷹兵が吹き飛ぶ。
「テメェ……!」
真壁の視線が鉄へ向く。
鉄は鼻で笑った。
「狐一匹に熱くなりすぎだろ」
「総大将さんよ」
真壁の額に青筋が浮く。
「下郎が……!!」
怒声。
だが——
その怒りこそ、
山の狙いだった。
⸻
一方。
弥助は奴隷列の中へ踏み込んでいた。
刃がぶつかる。
血が散る。
「退け!!」
蒼鷹兵を弾き飛ばす。
その奥。
痩せた男が、
列の中にいた。
「迅!!」
男が顔を上げる。
そして目を見開いた。
「……弥助!?」
驚き。
だが次の瞬間。
蒼鷹兵が間へ入る。
槍が向く。
迅も反射的に武器を構えた。
弥助の目が揺れる。
⸻
「……なんで来た」
迅が低く言う。
弥助が舌打ちする。
「迎えに来たに決まってんだろ」
迅は顔を歪めた。
「来んなよ……」
周囲の蒼鷹兵が、
さらに距離を詰める。
迅は苦しそうに続けた。
「俺はもう、
逃げられる立場じゃねぇ」
「他にもいる」
「俺が動けば、
あいつらも処分される」
周囲の奴隷兵たちが、
視線を落とす。
弥助が歯を食いしばる。
迅は続ける。
「逃げた奴もいた」
「でも、
捕まった奴も、
斬られた奴もいる」
「だから——」
槍を握る手が震える。
「今さら、
簡単に逃げられねぇんだよ」
⸻
その時。
蒼鷹兵が一気に押し寄せる。
「囲め!!」
包囲。
槍が向く。
弥助が前へ出る。
迅も、
苦しげな顔のまま武器を握った。
だが、
数が多い。
次々と囲まれていく。
「終わりだ」
蒼鷹兵が笑う。
弥助が歯を食いしばる。
(……クソ)
その瞬間。
——ヒュッ
空気が裂けた。
次の瞬間。
包囲していた兵の喉を、
矢が貫いた。
「がっ——」
崩れる。
続けざまに、
二本。
三本。
蒼鷹兵が倒れる。
「なっ——!?」
包囲が崩れた。
木の上。
孫六が静かに弓を引いていた。
「……何ぼさっとしてんすか」
淡々とした声。
「死にますよ」
弥助が目を見開く。
孫六は次の矢をつがえながら言う。
「旦那の指示っす」
「一回引いてください」
⸻
弥助は舌打ちする。
まだ足りない。
まだ届かない。
だが。
(……今突っ込めば、
迅ごと潰される)
分かっていた。
迅もそれを理解していた。
視線だけがぶつかる。
弥助は何も言わない。
そして——
一歩下がった。
⸻
その頃。
山は森の中を動いていた。
黒い布。
黒曜軍の旗に使われなかった端布。
雷姫戦の後、
山が買っていたものだった。
(夜に紛れるなら、
悪くない)
そう思っていた。
今。
その布が、
闇へ溶け込んでいる。
山は気配を消し、
戦場を見ていた。
視線だけが動く。
弥助。
鉄。
蒼鷹兵。
奴隷列。
そして——
管理兵。
(……あいつらか)
奴隷を見ている目が違う。
武器ではなく、
鞭を持っている。
戦うためではない。
従わせるための目。
山は静かに息を吐く。
(まず、
あれを崩す)
⸻
荷車が動く。
補給隊。
兵糧。
水。
進軍維持に必要なもの。
山は地形を見る。
傾斜。
ぬかるみ。
車輪。
全部確認する。
(……いける)
その時。
奴隷兵の一人が、
怯えた顔で周囲を見ていた。
逃げたい。
だが動けない。
その目だった。
山は一瞬だけ見る。
そして——
静かに視線を外した。
(まだだ)
今じゃない。
逃げ道がないまま動けば、
ただ狩られるだけだ。
だから先に——
崩す。
⸻
森の奥。
玄は静かに伏せていた。
気配を消す。
まだ動かない。
まだ——見せない。
蒼鷹兵が、
少しずつこちらへ流れてくる。
真壁の怒声。
乱れ始めた隊列。
玄は静かに目を細めた。
(……まだだ)
山に言われた。
機を見て、
自分で動けと。
だから——
待つ。
戦場が、
最も崩れる瞬間を。
⸻
その時だった。
森の影で。
山が、
静かに動いた。
(続く)
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