第3話 捨て駒の戦場
(明日、死ぬかもしれない)
そう思った瞬間、眠気は消えた。
目を閉じても——戦場が浮かぶ。
血と、悲鳴と、あの光景。
(……眠れるわけがない)
⸻
あてがわれたのは、大部屋だった。
床に藁が敷かれているだけの、雑な空間。
布団なんてものはない。
同じ部屋には、俺と同じような連中が押し込められていた。
装備も貧相で、顔つきも怯えている。
(……同じか)
誰もが口数少なく、ただ時間だけが過ぎていく。
横になる。
固い床が背中に当たる。
(痛っ……)
寝返りを打っても、変わらない。
それに——
(眠れるわけ、ないだろ……)
明日には死ぬかもしれない。
そんな状況で、眠れるほど図太くはない。
隣の男が、小さく呟く。
「なあ……これ、本当に戦わせる気か?」
「……どうだろうな」
適当に返す。
だが、答えは分かっていた。
(使い捨てだ)
沈黙が落ちる。
誰も、続きを言わない。
言えば現実になるからだ。
(……気が滅入るな)
俺はゆっくりと起き上がった。
少し、空気を変えたかった。
外に出る。
夜の空気は冷たく、少しだけ頭が冴える。
(逃げる……?)
一瞬考えて——やめた。
見張りもいる。
この状況で逃げ切れるほど甘くない。
(……逃げ場がない)
小さく息を吐いた、その時——
「——あいつらは前に出しておけばいい」
声が聞こえた。
物陰に身を隠す。
見ると、数人の武士が話している。
(……こいつら)
昼間、俺を間者に仕立て上げようとした連中だ。
「どうせ長くはもたん。時間さえ稼げば十分だ」
「ああ。後ろでまとめて蹴散らせばいい」
笑い声が漏れる。
(……そういうことか)
胸の奥が、冷えていく。
俺たちは——
(最初から、“死ぬ前提”)
拳を握る。
だが、何もできない。
(……クソが)
歯を食いしばり、視線を逸らした。
⸻
翌朝。
戦場に立っていた。
「前に出ろ! さっさと並べ!」
怒号が飛ぶ。
押し出されるようにして、俺は前へと出された。
そこに並んでいるのは——
(やっぱりな)
昨日と同じ顔ぶれ。
素人ばかりだ。
震えているやつもいる。
後ろを振り返る。
武装した兵たちが、距離を取って並んでいる。
明らかに“違う”。
そして——
「お前らはここで敵を引きつけろ」
無機質な声。
「後ろは主力が来る。それまで時間を稼げ」
(嘘つけ)
昨夜の会話が、頭をよぎる。
(時間稼ぎじゃない。処分だ)
喉が渇く。
「く、くそ……なんで俺が……」
隣の男が震えている。
「……お前もか?」
「あ、ああ……昨日捕まって、そのまま……」
(同じだな)
周囲を見渡す。
農民、若者、疲れ切った顔。
誰一人、戦えるようには見えない。
(……終わってる)
「来るぞ!!」
誰かが叫ぶ。
視線の先——敵軍。
迫ってくる。
「進めぇぇぇ!!」
戦が始まる。
ぶつかる音。悲鳴。血。
「ぎゃああああ!!」
目の前で、男の首が飛ぶ。
血が、噴き出す。
(……は?)
現実が追いつかない。
次の瞬間、別の男の腹が裂ける。
中身が溢れた。
「た、助け——」
踏み潰される。
(……やめろ)
息が荒くなる。
視界が揺れる。
「うっ……!」
胃の中がせり上がる。
「おえっ……!」
吐いた。
酸と血の匂いが混ざる。
(なんだよ、これ……)
(こんなの、無理だろ……)
足が動かない。
体が震える。
「おい! 動け! 死にたいのか!」
怒鳴られる。
顔を上げる。
敵が迫っている。
(——死ぬ)
その言葉が浮かぶ。
(嫌だ)
強く思う。
(こんなところで、終わるかよ)
歯を食いしばる。
(戦えないなら——)
視線を動かす。
(生き残るしかない)
(戦うな。流れに乗れ)
一歩、下がる。
戦っている連中の“少し後ろ”へ。
その時——
視界の端に、違和感。
(……なんで)
振り返る。
そこには——
騎馬隊。
整列している。
槍を構え、こちらを見ている。
(……は?)
背筋が冷える。
(なんで、後ろに……)
昨日の会話が蘇る。
「後ろでまとめて蹴散らせばいい」
(まさか——)
理解する。
(前に出れば敵)
(下がれば——踏み潰される)
逃げ場がない。
(時間がない……)
心臓が早鐘を打つ。
呼吸が浅くなる。
それでも——
視線を前へ戻す。
敵を見る。
味方を見る。
(落ち着け……見ろ……)
(……おかしい)
敵は押している。
なのに、どこか“余裕”がある。
(なんでだ……?)
視線を走らせる。
その瞬間——
(……違う)
背筋が、凍った。
(これ、誘われてる——)
前に出れば、敵に削られる。
下がれば、後ろの騎馬隊に踏み潰される。
(挟まれてる)
逃げ場は——ない。
だが。
(……だからか)
敵の動き。
味方の配置。
後ろの騎馬。
全部が——“噛み合いすぎている”。
(作られてる戦場だ)
なら——
(使える)
山田は、わずかに口元を歪めた。
(この“流れ”ごと、利用すればいい)
(生き残る道は——ある)
(続く)
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