第2話 選ばれた命
「間違えれば、お前が死ぬ」
——その一言で、理解した。
(俺は、試されてるんじゃない)
(選ばされてる)
目の前には、縛られた男。
敵の間者だと言われている。
だが——
(本当かどうかなんて、分からない)
外せば、俺が死ぬ。
当てれば——こいつが死ぬ。
(ふざけんなよ……)
逃げ場はない。拒否もできない。
(……やるしかない)
⸻
「連れていけ」
重い声と同時に、俺の腕が乱暴に引かれた。
「歩け」
「……っ」
逆らえるはずもない。
周囲を囲むのは武装した男たち。
一人一人が、“戦場の空気”を纏っている。
(逃げる……?)
一瞬だけ考える。
だが——
(無理だ)
隙がない。視線も間合いも、すべてが洗練されている。
(下手に動けば、その場で斬られる)
なら——
(今は、従うしかない)
歯を食いしばりながら歩く。
(……最悪、殺される)
それでも——
(生きるしかない)
⸻
連れてこられたのは、簡素な陣だった。
中央にいるのは——あの男。
鋭い視線が、俺を貫く。
「座れ」
言われるまま、地面に膝をつく。
周囲の兵が、無言で警戒している。
「さて」
武将が口を開く。
「お前が何者かは知らん。だが——先ほどのは、偶然ではあるまいな」
喉が渇く。
(試されてる)
「……どうでしょうね」
あえて濁す。
無能と思われても終わり。
だが、出過ぎても危険だ。
(なら——)
「ただ、少しだけ……人を見るのが得意なだけです」
武将は、しばらく俺を見つめ——
「ほう」
小さく笑った。
「ならば試す」
嫌な予感が、確信に変わる。
「こいつを見ろ」
視線の先。
縛られた男が、地面に転がされている。
顔は血と土で汚れ、怯えた目をしている。
「敵の間者だ」
武将が淡々と言う。
「だが、口を割らん」
一歩、近づく。
「お前に見抜いてもらう」
「……何をですか」
分かっていて、聞く。
「本当に間者かどうか、だ」
心臓が強く鳴る。
「もし見抜けなければ——」
冷たい視線。
「お前がそいつの罪を被れ」
空気が凍る。
(……やるしかない)
視線を、男へ向ける。
⸻
(落ち着け)
まずは観察。
呼吸は荒い。恐怖している。
だが——
(それだけじゃない)
目が泳いでいる。
ただ怯えているだけじゃない。
(何かを隠している)
「……違う、俺は違う……」
震える声。
だが——
(軽い)
本気で命乞いする声じゃない。
(……嘘をついている)
直感が告げる。
だが同時に——
(これを言えば、こいつは死ぬ)
迷いがよぎる。
(本当にいいのか?)
(俺が間違えたら——)
俺が死ぬ。
⸻
(……違う)
ゆっくり息を吐く。
(俺は、何を見てきた)
人の顔色を読み、言葉の裏を見て——
ずっと、騙され続けてきた。
だから——
(分かる)
(こいつは、嘘をついている)
目を逸らすな。
(見えたものから、逃げるな)
覚悟を決める。
「——そいつは、嘘をついています」
静かに言い切った。
周囲がざわつく。
「ほう」
武将が目を細める。
「理由は」
「視線と、言葉です」
ゆっくりと続ける。
「本当に命がかかっている人間は、もっと必死になります。ですがそいつは——どこか“作っている”」
男の顔が歪む。
「ち、違う! 俺は——!」
「それに」
さらに言う。
「さっきから一度も、具体的な否定をしていない」
沈黙。
「“違う”としか言っていない。何が違うのか、説明していない」
空気が変わる。
「……なるほどな」
武将が頷いた。
そして——
「やれ」
短い命令。
兵が動く。
「やめろ! 違う、俺は——!!」
叫びは、途中で途切れた。
血の匂いが、鼻につく。
胃の奥が、わずかに揺れた。
——だが、吐くことはなかった。
手が、わずかに震えていた。
⸻
静寂。
「……使えるな」
その一言で、理解した。
(生きた)
だが——
(助かった、のか……?)
違う。
(俺が、選んだ)
その結果だ。
⸻
「名は」
不意に問われる。
「……山田です」
「山田、か」
武将は少し考え——
「今日から俺の下につけ」
心臓が跳ねる。
「ただし」
視線が鋭くなる。
「役に立てば生かす。役に立たねば斬る」
冷酷な宣告。
だが——
(断れる立場じゃない)
「……分かりました」
答える。
武将は背を向ける。
「明日、戦だ」
⸻
(戦……?)
現実が、重くのしかかる。
——俺はまだ知らない。
この選択が、どれだけの命を左右するのか。
⸻
——俺が選んだ。
その結果、あいつは死んだ。
(……これが、“正解”か)
分からない。
だが——間違えれば、死んでいたのは俺だ。
(だったら——)
迷う理由はない。
俺が選べば——
誰かが死ぬ。
そして——
(次も、俺が選ぶ)
(続く)
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