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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第7章 過去の檻

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第29話 過去の鎖

黒曜を出てから、

半日ほどが過ぎていた。


山たちは、

蒼鷹領へ向かっていた。


空は曇っている。


風も冷たい。


誰も、

あまり喋らない。



「今回の役目は、

蒼鷹の進軍阻止だ」


玄が低く言う。


「弱った黒曜を狙って、

蒼鷹が動き始めた」


鉄が舌打ちする。


「ほんと、

どこも嗅ぎつけるの早ぇな」


「戦なんてそんなもんだ」


玄は短く返す。


「弱ったところを喰う」


山は黙ったまま歩いていた。


脳裏に浮かぶ。


氷牙。


崩された策。


崖。


落ちていく兵。


(……負けた)


あの戦いは、

始まる前から、

すでに崩されていた。


誘導され、

閉じ込められ、

逃げ場を潰された。


そして——


仲間を死なせた。


山は拳を握る。


(同じことはさせない)


静かに、

胸の奥で呟く。



弥助は前を歩いていた。


だが、

様子が違う。


普段なら、

何かしら軽口を叩く。


鉄を煽るか、

孫六に突っ込むか。


そういう空気が、

今日はない。


言葉は少ない。


視線だけが、

妙に鋭い。


山はそれを見ていた。



夕方。


山たちは街道脇で、

短く休憩を取る。


その時だった。


ガサッ——


茂みが揺れる。


全員の視線が動く。


鉄が剣に手をかけた。


「誰だ」


返事はない。


だが次の瞬間。


茂みから、

数人の男が転がるように出てきた。


痩せている。


服は汚れ、

顔色も悪い。


その腕には——

縄の跡。


奴隷。


「待ってくれ……!

殺さねぇで!

俺らは逃げてきただけだ……!」


必死だった。


息も乱れている。


何日も、

まともに食っていない顔だった。



弥助の目が細くなる。


「……お前ら」


男たちも、

弥助を見た。


そして。


「……弥助?」


空気が止まる。


男の目が見開かれる。


「お前……

生きてたのか……!」


弥助が眉をひそめる。


「なんだ、

お前らだったのか」


その声は、

普段より低かった。


「盗賊崩れか」


玄が呟く。


男の一人が苦く笑う。


「崩れも何も、

蒼鷹に捕まって奴隷行きだ」


「逃げてきた」


弥助が短く聞く。


「……迅は?」


その瞬間。


男たちの空気が変わった。


視線が落ちる。


嫌な沈黙。


山はそれを見逃さない。



「……捕まった」


低い声。


「逃がそうとしたんだが」


「俺らだけ逃げる形になった」


弥助が動かない。


男は続ける。


「今、

前線送りにされる奴隷の中にいる」


「蒼鷹軍の補給隊と一緒だ」


山の視線が、

弥助へ向く。


弥助は黙っていた。


だが。


拳だけが、

強く握られていた。



「……生きてんだな」


ぽつりと漏れる。


その声は、

安堵に近かった。


男が頷く。


「何度ぶん殴られても、

また立ち上がるような奴だったからな」


弥助が、

小さく息を吐く。


「……そうかよ」


だが。


その目の奥には、

消えない重さが残っていた。



移動を再開する。


空気は重い。


しばらくして。


山が隣を歩く弥助に言った。


「迅ってのは」


弥助は少し黙る。


そして、

前を向いたまま答えた。


「昔の連れだ」


短い返答。


だが、

それで終わらなかった。


「盗賊やってた頃から、

ずっと後ろついてきた」


「弟分みてぇなやつだ」


山は黙って聞く。


弥助は続ける。


「要領悪くて、

無茶ばっかして」


「放っとくと勝手に死にかける」


鉄が小さく笑う。


「弥助と似てんな」


「俺ほどじゃねぇ」


即答だった。


だが、

少しだけ空気が軽くなる。



「でも」


弥助の声が落ちる。


「蒼鷹に捕まったなら、

碌な扱いはされてねぇ」


その一言だけで、

空気が戻る。


山は視線を前へ向ける。


蒼鷹。


自分たちを、

捨て駒として使った国。


前線に押し込み、

死ねばそれまで。


生き残っても、

また使うだけ。


脳裏に浮かぶ。


血。


騎馬隊。


踏み潰される人間。


そして——


「利用させてもらう」


初めて会った頃の、

弥助の声。



山は静かに息を吐く。


(……同じか)


過去が、

まだ追ってくる。


逃げても、

終わらない。


なら。


今度は、

越えるしかない。



夜。


山たちは森の中で火を囲んでいた。


弥助が立ち上がる。


「ちょっと見回ってくる」


山は一瞬だけ見る。


弥助は、

そのまま暗闇へ消えていった。


足音が遠ざかる。


山は火を見る。


揺れる炎。


そして。


ゆっくり顔を上げた。



「……話がある」


空気が変わる。


玄が静かに山を見る。


鉄も、

孫六も口を閉じた。


山は続ける。


「俺は、

前と同じ失敗はしない」


低い声だった。


だが、

迷いはなかった。


「助けられる命があるなら、

助けたい」


「弥助の知り合いも含めてだ」


鉄が眉を上げる。


「……簡単に言うなぁ」


「簡単じゃない」


山は即答する。


「作戦を話す」


玄が静かに頷く。


鉄が腕を組む。


孫六が目を細める。


火が揺れる。


その中で——


山は、

静かに口を開いた。


鉄が低く言う。


「……それ、

弥助には言わねぇのかい」


山は少しだけ黙る。


焚き火の音だけが響く。


やがて、

静かに口を開いた。


「……もし、

目の前に大切な奴がいたら」


「弥助は冷静じゃいられなくなる」


鉄も、

孫六も、

何も言わない。


山は続ける。


「それで周りが見えなくなる可能性もある」


「……巻き込まれるかもしれない」


「だから、

今は言わない」


玄が静かに山を見る。


「自由に動かせるためか」


山は頷く。


「……ああ」


「弥助には、

弥助の動きをしてほしい」


沈黙。


その言葉の意味を、

全員が理解していた。


山はさらに続ける。


「可能なら救う」


「救える可能性があるなら、

その動きをする」


「でも——」


火が、小さく爆ぜる。


「不可能だと判断したら、

弥助には悪いが……

見捨てる」


空気が静まる。


重い。


だが、

誰も否定しない。


玄は火を見たまま言う。


「人は、

抱えてるものが近くにあるほど、

判断を誤る」


短い言葉。


だが重い。


玄は続ける。


「特に、

失いたくない相手ならな」


火が小さく爆ぜる。


山は何も言わない。


玄もそれ以上は語らない。


けれど——


その場の全員が、

玄の言葉の重さを理解していた。


山は何も答えない。


代わりに、

拳をゆっくり握る。


鉄が小さく息を吐く。


「弥助のために言わないってことか」

「あいつの為に色々考えてんだな」


山は少しだけ目を細める。


「考えてねぇよ」


少しぶっきらぼうに返す。


その時だった。


ずっと黙っていた玄が、

低く口を開く。


「……いや」


全員の視線が向く。


玄は静かに焚き火を見たまま言った。


「考えてる奴の顔だ」


短い言葉。


だが、

妙に重かった。


山は何も返さない。


ただ、

火を見つめたまま黙っていた。


(続く)

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