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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感だけで成り上がる転生戦国記  作者: 黒狐
第6章 傷痕

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第28話 傷痕の先

山と孫六が拠点へ戻った頃には、

夜になっていた。


焚き火の火が揺れている。


戦場から離れたはずなのに、

どこか落ち着かない夜だった。


⸻


「お、帰ってきたか」


弥助が手を上げる。


鉄は酒瓶を片手に笑った。


「死んでねぇな」


「期待外れだったか?」


孫六が軽く返す。


鉄が鼻で笑う。


玄だけは壁にもたれたまま、

静かに山を見た。


「……問題なさそうだな」


山は小さく頷く。


それだけで十分だった。


⸻


「で?」


弥助がニヤつく。


「情報屋の話、

どうだったよ」


「別に普通だ」


山は短く返す。


「普通の顔してる奴は、

そんな遠い目しねぇよ」


孫六が肩をすくめる。


弥助が吹き出した。


鉄も小さく笑う。


山は少しだけ眉を寄せる。


だが、

悪い気分ではなかった。


⸻


脳裏に浮かぶ。


『山狐殿は戦えない』


『なのに前へ出る』


『自分まで傷付こうとする』


雷姫の声。


静かな目。


真っ直ぐな言葉。


⸻


不思議だった。


この世界に来てからずっと、

他人は自分に興味がないと思っていた。


利用するか、

利用されるか。


それだけだと。


だから、

自分自身のことも諦めていた。


どうせ誰も見ない。


どうせ誰も理解しない。


そう思っていた。


⸻


だが。


雷姫は、

山の“中”を見ようとしてきた。


それが、

山には分からなかった。


戸惑う。


怖さもある。


だが同時に——


少しだけ。


ほんの少しだけ、

救われた気がしていた。


⸻


「……旦那?」


孫六の声で現実に戻る。


「顔やばいですよ?」


「別に普通だ」


「いや絶対違うでしょ」


弥助が笑う。


鉄も肩を揺らした。


玄だけは静かに山を見ていた。


その空気が、

少しだけ心地よかった。


⸻


同じ頃。


白蓮側。


夜道を進む一団。


馬上の雷姫は静かだった。


隣を歩く副将が口を開く。


「……それで」


雷姫は視線を向ける。


副将は続けた。


「山狐は、

どういう男でした」


夜風が吹く。


雷姫は少しだけ黙り——


静かに答えた。


「不思議な男だった」


副将は黙って聞いている。


「山狐殿は戦えない」


「だが、

前に出る」


「自分が傷付くことを、

まるで躊躇しない」


雷姫は小さく息を吐いた。


「理解できない」


そう言いながら——


ほんのわずかに笑みが漏れる。


「だが、

嫌いではない」


副将が少し目を丸くした。


雷姫自身も、

少しだけ驚いたように目を伏せる。


⸻


「……変わりましたな」


副将が小さく呟く。


雷姫は否定しなかった。


夜道を、

静かに馬が進んでいく。


⸻


その夜。


山は一人、

寝台に横になっていた。


薄暗い天井を見上げる。


静かな夜。


そして——


脳裏に浮かぶ。


『山狐殿は戦えない』


『なのに前へ出る』


『自分まで傷付こうとする』


雷姫の声。


⸻


今まで。


誰かに、

そんな風に見られたことはなかった。


理解されたわけじゃない。


全部を話したわけでもない。


それでも。


少しだけ。


胸の奥の重さが、

軽くなっていた。


⸻


気づけば。


山は久しぶりに、

深く眠っていた。


⸻


数日後。


蒼鷹領。


重い鉄の音が響いていた。


鎖。


並ばされる奴隷たち。


以前より厳重だった。


過去に脱走者が出たからだ。


そのせいで、

見せしめに処分された者もいる。


だから今は、

鉄で縛る。


恐怖で縛る。


⸻


その中には、

痩せ細った者もいれば——


盗賊のような目をした者たちもいた。


生きるために奪ってきた者。


戦に流れ着いた者。


全員まとめて、

“使い潰す駒”だった。


⸻


その様子を見下ろす男。


真壁義臣。


蒼鷹の武将。


大柄な男だった。


顔には古傷。


目は鋭い。


⸻


その背後。


ゆっくりと足音が響く。


「準備はどうだ」


鷹司景冬だった。


空気が変わる。


奴隷たちが顔を伏せる。


真壁は頭を下げた。


「問題ありません」


「脱走者は?」


「数名逃げましたが、

大勢に影響はありません」


「残った者たちには、

十分理解させております」


景冬は静かに奴隷たちを見る。


まるで人ではなく、

道具を見るような目。


⸻


「黒曜は弱っている」


景冬が言う。


「今なら奪える」


真壁は静かに頷いた。


「奴隷兵を先に出せ」


「使い潰せ」


「その後、

本隊が押し込む」


静かな命令。


そこに、

命への感情は一切ない。


⸻


「はっ」


真壁が頭を下げる。


景冬はそれ以上何も言わず、

背を向けた。


⸻


さらに数日後。


情報屋の拠点。


「蒼鷹が動く」


情報屋が静かに言った。


空気が変わる。


鉄が眉をひそめる。


弥助が舌打ちした。


玄だけは静かに目を閉じる。


⸻


蒼鷹。


その名だけで、

嫌な記憶が蘇る。


捨て駒。


奴隷。


前線送り。


見捨てられた戦場。


そして——


脳裏に浮かぶ。


崖。


氷牙との敗戦。


⸻


山は拳を握る。


怖い。


また失うかもしれない。


また間違えるかもしれない。


また、

誰かを見捨てるかもしれない。


⸻


情報屋は山を見る。


「無理にとは言わねぇ」


「嫌なら降りろ」


弥助も何も言わない。


鉄も。


玄も。


孫六も。


誰も、

山に押し付けない。


⸻


静かな沈黙。


山は目を閉じる。


逃げたい気持ちはある。


だが——


ゆっくり顔を上げる。


「……行く」


小さく呟く。


「過去と決別する」


「もう、

使われる側には戻らない」


⸻


静かな夜。


焚き火の音だけが響いている。


弥助は黙って短刀を研いでいた。


玄は壁にもたれ、

静かに目を閉じている。


鉄は酒を飲みながら、

珍しく口数が少ない。


孫六だけが軽く笑う。


「……なんか嫌な戦になりそうだなぁ」


誰も否定しない。


⸻


蒼鷹。


その名は、

全員にとって過去だった。


捨て駒。


罪人。


敗残兵。


奪われた名前。


切り捨てられた命。


忘れたくても、

忘れられないものばかりだ。


⸻


山は静かに拳を握る。


怖くないわけじゃない。


むしろ怖い。


また、

あの頃に戻りそうで。


また、

誰かを切り捨てそうで。


また、

自分を見失いそうで。


⸻


それでも。


「……行く」


小さく呟く。


逃げたくない。


もう、

“使われる側”には戻らないために。


⸻


焚き火が揺れる。


誰も笑わない。


だが、

誰も止めなかった。


五人は静かに、

同じ方向を見ていた。


(続く)

読んでいただきありがとうございます。

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