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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第6章 傷痕

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第27話 雨の下

雨だった。


強くはない。


だが、

静かに降り続いている。


山は外套を深く被り、

細い路地を歩いていた。


隣には孫六。


「だから嫌なんすよ、こういうの」


ぼやきながら周囲を見る。


「どう考えても罠くせぇ」


山は答えない。


分かっている。


そんなことは。



数刻前。


情報屋の男は、

煙管を弄びながら言った。


「白蓮側がお前に接触したがってる」


山は即答した。


「断る」


「だろうな」


男は笑う。


山は低く続けた。


「どう考えても罠だ」


「白蓮側が、

俺なんかに会う理由がない」


「あるさ」


男は机に文を置いた。


「お前さんが、

山狐だからだ」


山は眉を寄せる。


情報屋は静かに言った。


「安心しろ。

ここで誰かを売れば、

俺は終わりだ」


「黒曜も、

白蓮も、

蒼鷹も」


「誰も俺を使わなくなる」


山は黙る。


男は煙を吐いた。


「情報屋ってのはな、

誰にも付かねぇから生き残れる」


「一度でも裏切れば、

次の日には死体だ」



それでも山は警戒した。


「場所はお前のところだ」


「人数は最小」


「妙な動きしたら帰る」


男は肩を竦めた。


「好きにしろ」



そして今。


古びた建物の中は静かだった。


静かすぎる。


山は歩きながら、

無意識に視線を動かす。


入口。


窓。


奥へ続く廊下。


逃げ道。


「……三人」


小さく呟く。


壁の向こう。


隠している気配。


孫六も気付いていた。


「やっぱいるじゃないっすか」


小声。


山は答えない。


もしもの時、

ここから抜けられるか。


頭の中で距離を測る。



「奥だ」


情報屋が顎で示す。


山は息を浅くした。


その時。


奥から足音が聞こえた。


静かだ。


だが——


空気が張る。


山の肩がわずかに強張る。


孫六も壁から背を離した。


障子が開く。


先に現れたのは武将だった。


白蓮の副将。


その後ろから、

白が現れる。


雷姫。


山は目を細めた。


「……雷姫」


白蓮の将。


自分を追い詰めた女。


雷姫も山を見る。


静かな目だった。


敵を見る目ではない。


観察するような視線。



副将の視線が孫六へ向く。


孫六も笑った。


「……あ、生きてたんすね」


副将の眉がぴくりと動く。


肩の鎧には、

補修跡が残っていた。


以前、

孫六に射抜かれた場所。


完全には直していない。


敗北を忘れないためか。


あるいは——

次に返すためか。


「……あの時の礼は、

まだ返していない」


低い声。


孫六は鼻で笑った。


「先にそっちが、

うちの仲間やったんでしょ」


「その返ししただけっすよ」


空気が張る。


副将の目が細くなる。


「孫六」


山が低く言う。


「その辺にしとけ」


同時に。


「控えろ」


雷姫も副将を制した。


互いに視線を外さないまま、

ようやく場の空気が静まる。



「座れ」


情報屋が言う。


山は少し迷ってから座った。


だが、

完全には力を抜かない。


孫六は入口近く、

窓際へ位置を取った。


いつでも外へ抜けられる位置。


狭い室内で囲まれるのを、

嫌っている。


雷姫の副将も、

雷姫の背後へ下がった。



再び静寂。


雨音だけが響く。


やがて雷姫が口を開いた。


「聞きたいことがある」


山は眉を寄せる。


「……何だ」


雷姫は真っ直ぐ山を見た。


「なぜ、

そこまで苦しそうに指示を出す」


山の動きが止まる。


予想していなかった。


「戦だ」


雷姫は続ける。


「犠牲は出る」


「それなのに、

お前は毎回、

自分が斬られたみたいな顔をする」


山は答えない。


雷姫は静かに言った。


「なぜだ」



山は視線を落とす。


少し黙ってから、

小さく笑った。


乾いた笑いだった。


「……苦しまない方がおかしいだろ」


雷姫は黙る。


山は続けた。


「俺が言ったせいで、

人が死ぬんだぞ」


「分かってる」


「戦なら仕方ないってことくらい」


「でも——」


そこで言葉が止まる。


山は拳を握った。


「慣れたくない」


静かな声だった。



雷姫は山を見る。


理解できないものを見るように。


「軍師なら、

割り切るべきだ」


山は苦く笑う。


「俺、

軍師になりたくてやってるわけじゃない」


雷姫の眉が僅かに動く。


山は続けた。


「戦えないからだよ」


「俺には、

これしか出来なかった」


「だからやってるだけだ」



雨音。


静かに続く。


雷姫は問いを重ねる。


「なら、

なぜ前に出る」


「お前は、

何度も自分を危険に晒している」


「前の砦戦もそうだ」


山の目がわずかに動く。


雷姫は続けた。


「私が撤退しなければ、

お前は死んでいた」


「斬られていたか」


「あるいは、

砦ごと燃えたか」


静かな声。


「どちらにせよ、

お前は自分を犠牲にしすぎる」


山は視線を逸らした。


少し黙る。


やがて、

ぽつりと言った。


「……嫌なんだよ」


雷姫は目を細める。


山は続けた。


「他人にだけ行けって言うの」


「自分だけ安全なのも」


「そんなの、

押し付けてるみたいで」



雷姫は理解できなかった。


戦とは役割だ。


前へ出る者。


後ろで指揮する者。


それぞれ違う。


だが目の前の男は、

そこに苦しんでいる。


まるで——


自分が生きること自体に、

罪悪感を抱いているみたいに。



「お前は変わっている」


雷姫が言う。


その口元に、

ほんの僅か笑みが浮かんだ。


山は苦笑した。


「よく言われる」


「褒めてはいない」


「知ってる」


少しだけ。


空気が緩む。



そして雷姫は、

静かに言った。


「白蓮へ来る気はないか」


山の目が細くなる。


孫六も視線を向けた。


雷姫は続ける。


「お前の力は、

黒曜では削られる」


「白蓮なら、

もっと活かせる」


命令ではない。


脅しでもない。


ただ、

真っ直ぐな言葉だった。



山は黙る。


雨音だけが続く。


やがて、

自嘲気味に笑った。


「……活かせる、か」


小さく呟く。


「結局、

どこでも同じだろ」


雷姫は黙って聞いている。


「必要な間だけ使う」


「用済みになれば終わりだ」


「自由がないなら、

どこも変わらない」


その声には、

諦めが混じっていた。



雷姫はすぐに否定できなかった。


白蓮は理想だけでは回らない。


策略もある。


切り捨てもある。


綺麗事だけで、

国は守れない。


それを雷姫自身、

知っている。



沈黙。


やがて雷姫が立ち上がる。


「……今日はそれだけだ」


山は眉を寄せた。


「それだけ?」


「ああ」


雷姫は山を見る。


静かな目だった。


「ただ、

お前が何者か知りたかった」


そう言って、

踵を返す。



障子の前で、

雷姫は足を止めた。


振り返らないまま言う。


「山狐」


山の肩がわずかに揺れる。


「お前は、

もっと自分を大事にしろ」


山は答えられなかった。


障子が閉まる。


雨音だけが残る。



山はしばらく動かなかった。


やがて孫六が小さく息を吐く。


「……なんなんすか、あの人」


山は答えない。


ただ、

閉じられた障子を見ていた。


白蓮の雷姫。


敵のはずなのに。


どうしてか——


少しだけ、

理解された気がした。


(続く)

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