第25話 生きて帰った者
白蓮軍。
砦内。
戦は終わっていた。
血の匂いだけが、まだ残っている。
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「氷牙様」
部下の武将が頭を下げる。
「なぜ、退路を閉じなかったのです」
「追手を出せば、さらに討てたはず」
氷牙は砦の外を見る。
静かな目。
感情はない。
「追い詰めすぎれば、死兵になる」
淡々と言う。
「それは面倒だ」
部下は黙る。
氷牙は続けた。
「それに——」
細道の先。
黒曜兵たちが逃げた方向を見る。
「恐怖は、生きて帰った者が広げる」
短い沈黙。
「白蓮は危険だと」
「氷牙に崩されたと」
「勝手に広がる」
部下が小さく息を呑む。
氷牙は視線を戻した。
「戦は、斬るだけではない」
それだけ言って、
静かに去っていく。
⸻
山たちは、
どうにか山道を抜けていた。
空気が重い。
誰も喋らない。
負傷者の呻きだけが響く。
山は前を向いたまま歩いていた。
だが——
頭の中では、
まだ戦場が終わっていない。
崖から落ちる声。
血。
叫び。
「山狐殿!!」
助けを求める声。
全部、
残っている。
⸻
(俺が)
見捨てた。
足が重い。
呼吸が浅い。
視線を上げられない。
⸻
「……鉄は」
誰かが呟いた。
空気が止まる。
山の肩が震える。
「弥助も、まだ戻ってねぇ……」
後ろを振り返る者がいる。
だが、
誰も戻ろうとは言わない。
戻れば死ぬ。
全員分かっている。
だから余計に、
重い。
⸻
山は黙っていた。
言葉が出ない。
(俺が)
最後尾を任せた。
撤退を叫んだ。
置いていった。
頭の奥で、
同じ言葉が沈む。
なんで、
俺ばっかり。
唇が、
小さく震えた。
⸻
「山」
玄だった。
山は反応しない。
「山」
もう一度。
ゆっくり顔を上げる。
玄は静かに言った。
「全部を救える戦場じゃなかった」
山は答えない。
玄は続ける。
「判断自体は間違っていない」
「止まれば全滅だった」
正しい。
そんなこと、
山も分かっている。
だが——
胸の奥が、
それを認めない。
⸻
生き残った黒曜兵たち。
誰も山を責めない。
責める余裕もない。
だが——
視線だけがある。
山を見る目。
期待。
信頼。
その残骸みたいな感情。
それが、
何より重かった。
⸻
山は拳を握る。
震えていた。
(俺は)
山狐なんかじゃない。
違う。
ただ——
死にたくなくて。
生き残りたくて。
それだけなのに。
⸻
その時。
後方から、
足音が聞こえた。
誰かが振り向く。
「……っ!!」
山も顔を上げる。
そこにいたのは——
鉄。
そして弥助。
二人とも血まみれだった。
鉄は肩で息をしている。
弥助が片腕を貸していた。
「っはぁ……」
弥助が顔をしかめる。
「死ぬかと思ったわクソが……」
鉄は荒く息を吐きながら笑う。
「……置いてけっつったの、そっちだろ」
山の呼吸が止まる。
鉄は続ける。
「ちゃんと逃げてんじゃねぇか」
責める声ではない。
いつもの調子。
なのに——
胸に刺さる。
⸻
孫六が後ろから戻ってくる。
「いや〜危な」
軽く言う。
だが服には血がついていた。
「俺まで巻き込まれたらたまったもんじゃないっすよ」
いつもの調子。
その軽さだけが、
少しだけ空気を緩める。
⸻
鉄と弥助は生きていた。
戻ってきた。
それなのに——
山の胸は軽くならない。
むしろ。
自分だけが、
一番先に逃げたような気がしていた。
⸻
その頃。
情報屋の男は、
届いた文を見て目を細めていた。
「……早ぇな」
そこに書かれていた名。
――山狐。
そしてもう一つ。
――氷牙。
男は小さく笑う。
「厄介なのに目ぇつけられたな」
外では、
雨が降り始めていた。
(続く)
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