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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第5章 山狐

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第25話 生きて帰った者

白蓮軍。


砦内。


戦は終わっていた。


血の匂いだけが、まだ残っている。



「氷牙様」


部下の武将が頭を下げる。


「なぜ、退路を閉じなかったのです」


「追手を出せば、さらに討てたはず」


氷牙は砦の外を見る。


静かな目。


感情はない。


「追い詰めすぎれば、死兵になる」


淡々と言う。


「それは面倒だ」


部下は黙る。


氷牙は続けた。


「それに——」


細道の先。


黒曜兵たちが逃げた方向を見る。


「恐怖は、生きて帰った者が広げる」


短い沈黙。


「白蓮は危険だと」


「氷牙に崩されたと」


「勝手に広がる」


部下が小さく息を呑む。


氷牙は視線を戻した。


「戦は、斬るだけではない」


それだけ言って、

静かに去っていく。



山たちは、

どうにか山道を抜けていた。


空気が重い。


誰も喋らない。


負傷者の呻きだけが響く。


山は前を向いたまま歩いていた。


だが——


頭の中では、

まだ戦場が終わっていない。


崖から落ちる声。


血。


叫び。


「山狐殿!!」


助けを求める声。


全部、

残っている。



(俺が)


見捨てた。


足が重い。


呼吸が浅い。


視線を上げられない。



「……鉄は」


誰かが呟いた。


空気が止まる。


山の肩が震える。


「弥助も、まだ戻ってねぇ……」


後ろを振り返る者がいる。


だが、

誰も戻ろうとは言わない。


戻れば死ぬ。


全員分かっている。


だから余計に、

重い。



山は黙っていた。


言葉が出ない。


(俺が)


最後尾を任せた。


撤退を叫んだ。


置いていった。


頭の奥で、

同じ言葉が沈む。


なんで、

俺ばっかり。


唇が、

小さく震えた。



「山」


玄だった。


山は反応しない。


「山」


もう一度。


ゆっくり顔を上げる。


玄は静かに言った。


「全部を救える戦場じゃなかった」


山は答えない。


玄は続ける。


「判断自体は間違っていない」


「止まれば全滅だった」


正しい。


そんなこと、

山も分かっている。


だが——


胸の奥が、

それを認めない。



生き残った黒曜兵たち。


誰も山を責めない。


責める余裕もない。


だが——


視線だけがある。


山を見る目。


期待。


信頼。


その残骸みたいな感情。


それが、

何より重かった。



山は拳を握る。


震えていた。


(俺は)


山狐なんかじゃない。


違う。


ただ——


死にたくなくて。


生き残りたくて。


それだけなのに。



その時。


後方から、

足音が聞こえた。


誰かが振り向く。


「……っ!!」


山も顔を上げる。


そこにいたのは——


鉄。


そして弥助。


二人とも血まみれだった。


鉄は肩で息をしている。


弥助が片腕を貸していた。


「っはぁ……」


弥助が顔をしかめる。


「死ぬかと思ったわクソが……」


鉄は荒く息を吐きながら笑う。


「……置いてけっつったの、そっちだろ」


山の呼吸が止まる。


鉄は続ける。


「ちゃんと逃げてんじゃねぇか」


責める声ではない。


いつもの調子。


なのに——


胸に刺さる。



孫六が後ろから戻ってくる。


「いや〜危な」


軽く言う。


だが服には血がついていた。


「俺まで巻き込まれたらたまったもんじゃないっすよ」


いつもの調子。


その軽さだけが、

少しだけ空気を緩める。



鉄と弥助は生きていた。


戻ってきた。


それなのに——


山の胸は軽くならない。


むしろ。


自分だけが、

一番先に逃げたような気がしていた。



その頃。


情報屋の男は、

届いた文を見て目を細めていた。


「……早ぇな」


そこに書かれていた名。


――山狐。


そしてもう一つ。


――氷牙。


男は小さく笑う。


「厄介なのに目ぇつけられたな」


外では、

雨が降り始めていた。


(続く)

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